堕ちた片翼  3

文字数 867文字

「まぁ、そうよな……。お前は死の瀬戸際を歩いたのだ。言うなれば、あちら側を覗いたのだからな」
 鷹鸇(ようせん)は居住まいを正して背中を揺すった。俺は、そこで初めて、貴奴の背に担がれたままの長物に気が付いた。

 梟が言っていたのは、これか。

「我が……お前をいけ好かぬ奴と思うていたのは、気付いておろう……」
 突然の告白に、俺の怒気は一気に冷えた。

 どうした? 
 貴奴はこんな殊勝なことを言う柄では無かったはずだ。
 かえって、気味の悪い。

「お前も、我のことを憎みはせずとも沿わぬ奴と思っていただろうことは……想像に難くない。まぁ、そう思われても、互いに大人であったからな。表に出したとて良いことは無い。腹に一物あっても表面上は上手く回そうとする。それが、立ち回りというものだ」
「何が……言いたいのだ?」

 鷹鸇は訝る俺に自嘲気味の顔を向けた。
「だからこそ、(さら)の我を見るかもしれぬと思うて……来た」
「……」
返す言葉が見つからず、黙したまま先を促す。
「ふと、気づいたら、周りが総て我に害意を持っているような気がする。嘲り(わら)っている気がする。表ではおべっかを使うていても、陰では陥れんと手薬煉(てぐすね)を引いておる。疑心暗鬼になっているところで、……囁くのだ」

 鷹鸇は、空を睨んで固唾を飲んだ。

「我には聞こえるのだ。

と……」
「な……に?」
 俺は眉根を寄せて鷹鸇の浮かされたような目を見た。
 ソワソワと動く指を見た。
 今にも立ち上がりそうに力を込めた足を見た。

 俺の視線に気が付いて、鷹鸇は、ハッと拳を握りしめ、口元を引き結んだ。

「お前には、……聞こえることは無いか?」
 いや、ないだろうな、と呟きながら下を向く。

「俺には……無いが……」
 俺はチラリと鷹鸇から視線を外した。
「父が……隻腕(せきわん)となりて戻りし折に……こぼしたことはある。『戦場(いくさば)にて遠仁に憑かれたようだ』と。退官せざるを得ぬ状況に、余程抑鬱を募らせておられたのだろう。母が大層気にかけておられた」

「そうか……遠仁か」
 鷹鸇が肩を落として嘆息した時、部屋の扉をほとほとたたく者があった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み