ましらの神 5

文字数 836文字

 その晩、俺は猿の入った籠を抱えて、この宿の御館様の屋敷に呼ばれた。
 無論、鸞も一緒だ。

 怯えた様子の猿は、籠の中で小さく蹲っていた。確かに冬毛の整った美しい猿である。供せられた夕膳の一部を分け与えてやると、恐る恐る手を差し出した。右掌に梅の花のような形の黒いシミがある。
「可愛らしい印があるのだな」
 笑いかけると、猿はキョトキョトと目を動かしながら炙った干し魚を食べた。なかなか可愛らしい仕草をする。
「間に合ってよかった」
「だが……まぁ、随分と無茶な交換条件を出したものよ」
 隣で芋煮を突いていた鸞が溜息を付いた。
「言うとくがな、妖怪は遠仁とはわけが違うのだぞ? 近いものを言えば、縁結びだ。あの、(うかり)の本体みたいなもんだからな? 吾の加勢も限定的なモノにならざるを得ぬ。あの時の鴻は遠仁に乗っ取られておったから吾でも対抗出来たがな、通常では判らぬぞ! それに、……(だつ)とやら、相当(たち)が悪そうだ!」
「ん? なぜ鸞が知っておる?」
 俺は今度は猿に芋をやりながら訊いた。
「先程『謳い』に呼ばれたのは、その、獺の犠牲者の弔いよ! どうやら得物をいたぶるのが趣味の(やから)らしい!」
「ふん。蓮角みたいなヤツだな」
「……蓮角? いつぞや、主をしばき倒したヤツか?」
「ああ、そうだ」
 俺は鸞の方を見た。
 実は、獺を退治に参上したのが強者ばかりと聞いて、閃いたことがある。
「鸞よ、これから我らは贋の名前を使うぞ。鸞は、そうだな青繋がりで『(そに)』とでも言うておけ。俺の名は『蓮雀(れんじゃく)』ということで良いな」
「どう言うことよ?」
 目をパチクリさせている鸞に、俺はニヤリと笑った。
「生きて帰ったものがおらぬから、これは俺の当て推量なのだが、……敵は強者(つわもの)の習性を心得ておると見える」
「強者の……習性とな?」
「ああ、多分、それを使って術でも使うたのよ。それが効かぬとあれば、きっと、ガチの白兵戦となろう。そうなれば俺の得意よ」
 俺とて闇雲な安請け合いをしたわけでは無い。後は、(うかり)の切れ味があれば勝機はあると見た。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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