死にたがり 3

文字数 1,036文字

 俺は、足を止めた。
「これまで、……鸞の力添えで鳰の肉を集めてきたが、……これ以上は無理だ」
「あれ? 何故だ?」
 鸞はキョトンとして俺を見上げる。
 何故って……。
「俺は、鸞の為に鳰の肉を集めているのではない。鳰の為に集めているのだ」
「うむ! それは承知しておる!」
 ああ、もう、鸞が全然解らない。
 何故ニコニコと笑って受け答えが出来るのだ?
「疑惑のままであれば、取り繕う隙もあったものを鸞の思惑を知ってしまった以上、俺とは(かたき)になってしまうではないか」
「ああ! そうであるなぁ!」
 鸞はポンと手を叩いた。
 ……何処から突っ込めばよいのだ。
「だから、もう共に旅をするのは無理だ。俺が辛い」
「そうか? 吾は楽しいぞ?」

 俺は頭を抱えた。
 阿比は久生は付き合いにくいと言っていた。
 今ならその意味が解る。
 なんだ? この破綻した人格は?

「何を混迷を極めておるのだ?」
「誰のせいだと思うておる!」
 憤りを隠せない俺の顔を下からのぞき込んだ鸞の瞳は、真っ暗な穴のようだった。
「鳰を助けたくば、吾を止めればよいだろう?」
 どうせ、どうにもならぬという諦観が透けて見えた。
「止める? 主は神ではないか。ニンゲンごときの俺に何が出来ると……」
 あ……! まさか……。
「鸞……、主の希死念慮とは……」
「………ここ、数百年余、吾は孤独であったのよ」
 俯いた顔の表情は分からない。
 鸞は再び歩き出した。背中に負った鳰の肉を収めた包みを揺すり上げる。
「主ら、すぐ死ぬ! 吾を置いて逝く! どんなに仲良うなっても亡うなってしまう! 主に解るか? ずっと、笑いあって泣きあって楽しく共に過ごした者の、魂を喰うのよ! 吾は! 早いところ終いにしたいのだ! 共に逝くのが鳰ならばと、そう思うて主を助けようと決めたのよ! なのに……波武は邪魔をする! 主は、鳰をやらんと言う! 仮に、鳰を逃したら、吾はまたずっと絶望しながら時を過ごすのか? 主らが亡うなっても、吾は生き続けるのよ? ずっと、ずっと……」
「だ、だったら、とりあえず鳰が生を全うするまで待っておればよいではないか! 折角、人の身体を取り戻した鳰を、直ぐに連れていかなくともよいであろう?」
 慌てて鸞の後を追う。鸞は、チラリとこちらを一瞥すると再び前を見定めた。
「主、忘れておらぬか? 吾が願いを叶えるのは夜光杯の儀を仕立てた者よ!」
 そうか、鳰の天寿を待つ内に、祈念した者は亡うなってしまう。
 かようであるならば……。
 俺は、グッと拳を握った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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