隣の花色 8

文字数 985文字

 翌日、鸛鵲(かんじゃく)に渡りをつけてもらい、捕り方の長に俺が見たことを伝えた。辻斬りを見た生還者というのが実は今まで一人もいなかったらしく、俺が持たらした情報はどれも初耳だったようだ。

「うっかり生還者を作ってしまったから、あちらも用心するかもしれぬな」
「吾が辻斬りだったら、……また其方を狙うぞ」
 鸞が不敵に笑った。
 奇遇だ。俺も同意だ。
 今頃相手は、俺を仕留め損ねたことを真赤になって悔しがっているだろう。捕り方には「明日の夜、罠をはる」と言われていた。
 ふむ。良い頃合いであろう。

 約束の晩、鸞は鳰の肉をまとめた荷をしっかり身体に括り付けた。
「ふと思ったのだがな、こんな

を身に付けて夜の散歩なぞしておったら、入れ食いよな?」
「その時はその時よ。辻斬りはあっちに任せて俺は遠仁を喰うさ」
 宿屋の主人に仔細を話して玄関を開けてもらう。と、宿屋の店先の通りに噪天がニコニコして立っていた。鸞の顔が一気に険しくなる。
(うぬ)、何しに来た?」
「手伝うことは無いかと思うて参ったぞ」
「無い! 帰れ!」
「お嬢ちゃんは死人が出た時にお願い致すので、屋代で待っておれ」
 2人それぞれに言葉を変えて「お引き取り下さい」と言われたので、噪天はプスンとむくれた。
「死人が出たら、直ぐ召せるぞ? 先日のように腐りかけでなければしくじらん。大丈夫だ」
「だからな? 吾も久生であるから! 2人も要らんわ」 
「えー? 先輩には遠仁が出たら喰うていただければよい」
「……吾にまずい方を喰わす気か?」
「時に荒事には花も必要かと」
 噪天の言葉を受けて、目の端に映っていた鸞の背が、ちょいと一回り程縮んだような気がした。
「花は間に合うておるわ!」
 あ、あー……。
 鸞の姿を確認して、俺は自分のこめかみを揉んだ。
噪天より2,3くらい年上の娘子に変化(へんげ)している。
「やだ……先輩、私よりカワイイ」
 噪天が口元を袖で隠して眉間を曇らせた。
 いや……鸞の女子の姿というのは、カワイイというよりも、凄みのある美形なのよな。
「と、言うわけで、回れ右じゃ。()ね」
「なら、見守るだけならいかがか?」
 噪天は尚も食い下がる。どうにもついて行きたいようだ。
「後で泣きを見ても知らぬぞ」
 鸞はスッと目を細めた。
 俺の胆がすんと冷える。
 これは、

時の鸞の顔だ。
 許しを得たと思って無邪気に振舞う噪天との対比に、俺は嫌な予感がした。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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