銀花 8

文字数 857文字

 翌朝は企鵝(きが)の予言した通り冷え込んだ。未明の内から「寒さで目が醒めた」と言ってよいくらいに空気が凍えていた。

「昨夜は大丈夫だったか?」 
 目が覚めて一番に企鵝に心配されたが、此処でこうして生きているのだから恐れることは無いであろうに……。まぁ、気にしてくれていたのは有難い。
「慣れぬ橇での道行に疲れておったのだろうな。何も気付かずに寝入っておった」
 細かいことを説明するのは面倒だ。何食わぬ顔でシラを切った。

 馬に飼葉をやっている間に、こちらは火を立てて温かい粥を作って腹におさめる。
 後は湖畔へ下りていくだけだ、と、企鵝は言った。朝一には屋代に着いてしまうらしい。
「見通しが良いだけで大分違う。此度は天候に恵まれて良かったよ」
 でも、この天候ですら(かち)でというと相当難儀であったと思われる。本当に、企鵝に拾ってもらってよかった。
「大変助かった。俺らは約束通り屋代で下ろしてもらえればよい」
「ああ、わかった。さあ、此処から下りであるからな。しっかりつかまっておれよ」
 企鵝は屈託なく笑った。風体はさておき、気持ちのいい娘である。

 橇は、白銀の坂道を雪をかき分けて駆けていく。
 鸞は荷綱に捕まって歓声を上げた。
 青馬の巨体が躍るように雪を撥ね、橇がぐらりと揺れた。
 ふわりと尻が浮く。
「落ちるぞ! 舌を噛むなよ!」
 企鵝が笑い声をあげ、続いてドスンと着地した。
 反動でまた身体が跳ねる。
 これは面白い! と鸞は大喜びだ。

「尻が……尻が痛い」
「あはははは!」
「次! 曲がるぞ!」
「えー! ちょっと、ああっ!」
「ひゅー! 凄い凄い! 振り回される!」
「とっびまぁす!」
「……マジか! わあぁ!!」
「ひゃっはー!! たっのしーい!」
 俺は荷の上で熱い鉄板の上の豆みたいになっているのに、企鵝はどっちりと構えている。
 ああ、そうか、企鵝は……これに向いた体格であるのだな。
 目が回りそうになりながら、俺は必死に荷綱に捕まった。
 
 屋代の前に橇が着いた頃、鸞は、もう終わりか、とがっかりし、俺は言葉もなく尻を押さえて蹲っていた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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