掌(たなごころ)の月 6

文字数 1,061文字

 (きょう)(にお)の移植のために施療室に籠ったので、俺は(らん)と共に自室を整えていた。扉前に波武(はむ)が居座り、鸞は先程から気がかりのようだ。

「そうそう見張っておらんでもつまみ食いなどせぬわ!」
「いや、解らぬ。主は生きた者からも魂を抜くからな」

 コヤツら……俺と言う「飯」の前で何を牽制しあっておるのか……。

「あのな、お主らいい加減にせぬか?」
 溜息まじりに苦言を呈すると、2人にまとめて、主は黙っておれ! と言われる始末。





「にしても、何故、鸞は童子のままで居るのだ? 体型的に不利であろう」
 鸞の分の夜具まで準備してから、俺はようやくと腰を下ろした。
「それは、波武が犬のふりをしているままだからだ!」
「ほう……」
 一応、ハンデをハンデとして認め、同じ不利な土俵に居てやるというポーズなのだな。波武は片眉を上げると、ヤレヤレと言った調子で床に伸びた。

「そもそもコヤツは欲張りなのよ!」
 鸞が頬をふくらまして波武をねめつける。
「欲張りも何も

は吾が先に見つけたのだ。お主こそ、吾が見定めたモノに引っ付いてきて何様顔であるか。図々しい。」
 目の前で、童子と犬が言い争っておる。
 どちらも人ならぬ者として優位に居りながら、争いの原因が己の「食い物」とは、片腹痛い。俺は段々可笑しくなってきた。

「ふふっ……」
 そう思ったら笑いがこらえられなくなった。
 最初は喉の奥に笑みを押し込めていたが、そのうち肩が揺れた。
 やがて、腹の肉が痙攣したようにひきつった。
「はははは! 下らぬ! ……まっこと下らぬことで……主らは……」
 笑いながら言うと、流石に2人とも興が覚めたようで、呆れ顔で俺を見た。
「どうせ

は同じくしても、

は別なのであろう。俺は決して渋らぬから仲良くすればよいのに」
 童子と犬は複雑な表情で互いを見やり、再び空を向いてそれぞれ溜息をついた。

「今日、逢うてみて思うたのだが……」
 鸞が俺に言った。
「鳰は……随分とお前の心を占めて居るのだな」
「それはな」
 コヤツらに話して解ってもらえるだろうか。
「家に捨てられ世からも見放された時に、鳰だけ俺を慈しんでくれたからな。鳰が思ってくれたから俺がいるようなものだ。逆に言えば、鳰が居なければ俺はいないのと一緒だ。されば、鳰がよく生きられるように骨を砕こうと思うのは(しか)るべきことであろう?」

「ほう……そこまで言うか」
 鸞は溜息をついた。波武に一瞥を呉れる。

「さらば、一時休戦じゃな!」
 えっ?
 俺は息を呑んだ。スパンと視界が開けたような気がした。
 コヤツら、まさか鳰も喰う気であったのか?
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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