夏椿の森 4

文字数 594文字

「されば、阿比(あび)殿には『久生(くう)』の顔見知りも居るのか?」
 阿比は、ふいとこちらに目線を呉れた。
「いる。というか、『(うた)い』は大体そうであろうな。同業の交わりは少ないから詳しくは知らぬが。……まぁ、あっちは、身が移ろうのでこちらが馴染まぬ」

 身が移ろう? どういうことだ? 

「『尸忌(しき)』は、波武(はむ)のように決まった姿を持つが、『久生』は固定しない。老若男女無限に変化する。人格も固定しないので、付き合いにくい」
「そのくせ、力は強いがな。(われ)らが束になって掛からぬと喰えぬものも、アレは一気に召していく」

 波武がこちらに寄って、頬の和毛(にこげ)を擦り付けた。
「お前もいずれ召されるときには、とくと拝むことになろうぞ」
「うむ。……楽しみにしておく」

 そうだな。いずれは、逢うことになる。

(みそ)ぎ終えたなら、上がってこい。傷の手当てをしてやろう」
 阿比が指で先を示した。
「なんだ? 示し合わせていたのか?」
 俺は重い体を引き上げた。足先は冷えすぎて感覚が鈍くなっている。
「アヤツ等に邪魔はされたくない。お前は俺が喰うのだから」
 波武が言った。

 これまた変わった……加護のされ方だな。

「お前が鳰の肉を集めて徳を積めば、ますます美味くなる。だから加勢してやる。頼りにしてよいぞ」
「では、存分に加勢していただこうか」

 俺は失笑を漏らした。
 だとするならば……

「鳰を、見張るのは何故だ?」
「その口は持たぬ」 
 波武はうそぶいた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み