伏魔の巣 4

文字数 974文字

白雀(はくじゃく)! 白雀を召せ! (ちょく)であるぞ」
 
 月も南中した夜、3騎の騎馬が庭先まで駆け込んできた。
 何事かと、寝巻の上に上着を羽織り戸口まで出た。今回の遣いは明らかに騎馬兵だ。物々しい甲冑に弓箙(ゆみえびら)まで携えた装備に、俺は眉を顰めた。丹精した庭先が蹄に蹂躙されて無惨な様をさらしている。

「よもや、貴様が生き延びておろうとはな」
 2騎の奥から駒を進めてきた声には聞き覚えがあった。
 あの鷹鸇(ようせん)より更に質の悪い奴だ。親を笠に着た狼藉者。
親父(おやじ)殿が、貴様を

おる。すぐさまに支度をせい」
「……断ったら?」
 奴は駒の手綱を引いた。
「ほう。そんなことができると思うておるのか? 仕官を解いても、卑賎の身。

よ。後ろ髪を断ち切っても引っ立てるぞ」
 舌なめずりをするように周囲を見渡す。
 黙っておれば美丈夫で通るのに、相変わらず品のない奴だ。

 (きょう)(にお)に迷惑をかけるわけにはいかない。

 概ね、俺の左腕のことが知れたのだろう。花鶏(あとり)が漏らした所為だとは思いたくないが、それを国主殿がどう解釈するかなぞ思いもよらないであろうから、責めるわけにもいかぬ。

「勅を受けまする。しばし、お時間をいただきたい。支度をいたす」
 屋内に戻ると、寝所の戸口から(にお)が顔を出していた。
「心配いらぬ。下がっておれ」
 俺は鳰の頭をやさしく撫でると、自室に入り着替え始めた。

 はて、支度も何も……自分のものなぞ着替えくらいしかなかったな……。

「白雀殿……」
 振り返ると、戸口に梟が立っていた。手に、荷包みを持っている。取り急ぎ旅装を整えてくれたらしい。
蓮角(れんかく)殿は、如何様な要件で(まか)りこしたのか」
「ふん。知らぬ。多分、コイツの所為だ」
 俺は自分の左腕を見た。
「俺が何故生きているのか、どうして左腕が動くようになったのか、それが知りたいのであろう」
「儂が……」
「梟殿の所為ではない。アヤツが人外なだけだ」

 蓮角の残忍非道ぶりは、仕官以外の者も知るところだ。
 国主殿も唯一の嫡子である蓮角には甘い。というか、己の手を直接染めぬための便利な駒と思っている節がある。でなければ、次の国主を民の嫌われ者のままで是とすることはないだろう。

 常であれば、あんな奴と絡むことのない身分差のはずが、ひょんなことから目をつけられた。俺の失態だ。
 ああ、……だから戯れの実験に俺が選ばれたのか。
 なんか、腑に落ちたな。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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