拾われたもの 8

文字数 807文字

 他人の不幸を(わら)うと遠仁(おに)になる。

 幼い頃に戒めとして散々聞かされたが、そもそもこの極限状態。
 既に生きながら「遠仁(おに)」にも「化生(ばけもの)」にも成らんという有様。

 今更、誰ぞ遠仁(おに)に喰われたと聞いても、さもありなんという感想しかない。

 それが、敵陣の(うた)いだったと聞き及び、僅かに眉が動いた。
 力不足であったか。
 それは、運が無かったな。

 敵陣の雑兵が一気に士気を下げて及び腰になり、勝敗が決したと聞いた。

「国主殿もお人が悪い」
(にお)を陣に召していたそうではないか」
遠仁(おに)憑坐(よりまし)と噂の……」
阿比(あび)殿でよかった」
 
 撤収にあたる衛生隊員の会話が聞くとはなしに耳に入る。

 愚かな……。
 ヒトを呪わば、というではないか。
 憑坐(よりまし)というからには、自軍に遠仁(おに)が下りても不思議のない話だ。

「具合はどうだ?」
 (きょう)か……。
 目を向けた。
 果たして、総髪の白髪交じりの男が立っていた。
 部屋の入口からの逆光とはいえ、昼の明るみの元で会うと疲労の色が濃く映る。

「昨日は……」

 改めて、命を拾った礼を言いたかった。
 (にお)波武(はむ)が無事に帰りおおせたかも聞きたかった。
 未だ、はっきり声を作ろうとすると息が切れる。

 察したのか、(きょう)はこちらを手で制した。
「大分、失血したからな。貧血がひどい。無理はするな。貴殿の治療は、町医者では無理だ。直接こちらの施療院預かりとする。その旨を言いに来た」

 両親に、直接兄の死の報告をしたかったが、無理ということか。

 衛生隊員のさざ波のようなおしゃべりが潮が引いたように去った。
 部屋の入り口に目を向けると、(にお)が居た。

 足元の見えない裳裾を引いて滑るように足元に寄る。こちらにコクリと白いビスクの頭を下げると、(きょう)を見上げる仕草をした。
 そういえば……、昨夜、ここに来る際に耳にねじ込まれた装置は、いつの間にか抜かれていたようだ。

「準備が整ったか」
 (きょう)は首肯いた。こちらに目配せをする。

「では、白雀(はくじゃく)殿は我が施療院へお運びいただこう」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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