麦踏 5

文字数 916文字

「では……阿比が謳いになったのは」
「鸞にヘタクソって言われたのがずっとこう……刺さっていてなぁ」
 阿比は大袈裟に胸を押さえてみせた。
 俺は苦笑した。
 ホントに、鸞は捻くれておる。

「いや、鸞がほだされるくらいなのだから、それは良い謳いだったのであろうよ」
「そんなことを言うたら、コヤツ、慢心して『謳い』にならぬ!」
 鸞は下唇をツンと突き出した。
「ああ! 本心が出たぞ」
「あ!」
 俺が手を打って笑うと、鸞は慌てて口元を押さえた。
 阿比が目を見開く。
「なんだ、白雀殿。私より鸞と仲が良いではないか」 
 波武は大欠伸をして寝そべり、鳰は先程から楽しそうに皆の顔を見渡していた。

 年越しの夜は夜明しして初日が出るまで過ごす。
 窓から射してくる黎明に、夜明けの気配を察して皆温かく着こんで外に出た。
「菜園の先の薪小屋からなら、丁度山の端から昇る初日が見られるぞ」
 梟がそう言って先頭に立って行った。

 菜園の中を突っ切って行くとき、霜柱が立っているのに気が付いた。
 白菜を外葉で覆って紐で括り上げているのが大きな卵のように畝に並んでいるのが目に入る。葉物が縮れて旨くなるので、冷えは悪いものではないのだが……。
「今朝は随分と冷えたのだなぁ」
(戻る時、麦畑の方を見て行きましょう。霜で浮いているやもしれません)
 すぐ後ろを付いてくる鳰が寒そうに素手を擦っているのを見て、俺は手を差し出した。
(なんですか?)
 鳰が首を傾げる。
「ほれ、手を貸せ。温めてやる」
 これまで、寒さを感じる部分が外に出ていなかったから、鳰には随分とこの冷えが堪えているのではと思った。柔らかくヒヤリとした鳰の手が俺の掌に納まった。
(わぁ! 温かい! どうしてこんなに白雀殿の手は温かいのですか?)
「知らんが、筋肉質なせいか、男はなかなか冷えぬらしい」
 口にしてから俺はギョッとした。
 鳰は……まさか女子か?

「主は朴念仁の癖に、そういうことをシレっとやってのけるからの!」
 波武の背中に乗った鸞が、呆れ顔でぼやいた。
 は? ……なんのことやら。
「何か……ヘンなことか? 鸞が寒そうにしていたら同じことをしてやるぞ」
 鸞は目を瞬くと、口を引き結んだ。
「ホントに主は筋金入りだな!」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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