伏魔の巣 7

文字数 963文字

 城下の市で暴れていた男らの仲裁に入った挙句、(たち)の悪い方を殴り倒したのは俺だ。相手を見ていなかった。周囲がビクビクと遠巻きにしていたのには理由があったのに。意気のままの正義感を振りかざして、立ち回りを誤った。
 自らも腹いせの難癖という自覚があったからか、家まで話が行くことは無かったが、兵舎での理由のないイビリは増えた。鷹鸇(ようせん)からの風当たりが強くなったのもそれからだ。
 人としての品位はもって生まれ出るモノではない。出自はどうでも、どうせ同じ穴のムジナと高をくくった。
 それしきで

程、志は低くないつもりだ。

 俺はギロリと蓮角を睨んだ。
 ハッ、と蓮角が目を見開いて楽しそうに(わら)った。
「そう来なくては面白くない。親父殿の前で狼藉を働く気骨があるのなら、ほれ、受けてやるぞ!」

 左頬に鋭い痛みが走った。
 花茣蓙(はなござ)に血が飛ぶ。これは……。
 蓮角の右手に、馬用の鞭が見えた。
 反撃できないと解って、これか。
 見上げた下衆野郎だ。

「ただ(しお)れてる奴の相手をするのは、面白くネンだわ。貴様に与えられた『丹』の真価とやらを、ここで披露しては呉れぬか? それを、親父(おやじ)殿は所望しておられるのだ。どうだ? 白雀。

ではない(あかし)を、今、ここで、我らに示すことは出来ぬのか?」

 雨、霰、と鞭の撃が降ってくる。
 薄い衣はみるみると千切れ、灼熱の痛みと共に皮が赤く弾けた。
 『丹』の、真価? ここで? そんなもの、お前らを喜ばすだけの見世物を、ここで披露してたまるものか。
 俺は四肢に力を込めて耐えた。

「これ、蓮角。あまりいじめるな。ただ殺してしまっては元も子もない」

 鵠殿の一声が入り、撃はようやく止んだ。
 花茣蓙の上は、俺の血で赤い花を振り撒いたようになっていた。

「ふん。つまらぬ……」
 玉砂利を踏んで蓮角が遠ざかっていく音を聞いた。

「すまぬな。アレは少し(こら)え性が無い」
 ややもして降ってきた(くぐい)殿の声は、まるで何もなかったかのようだ。
 蓮角の振舞いの後で聞くと、これまた胆が冷える様である。
 穏やかな皮を被った国主殿の狂気を垣間見たような気がした。

「本当に、お前は命を拾うただけなのか?」

 ゾッとする気配を感じて、俺は上目で鵠殿を盗み見た。

 左腕が、鞭打たれただけではない熱を帯びた。

 嘘だ! 何故、このような場に! 

 遠仁がいる? 
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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