モノノネ 2

文字数 1,048文字

「一晩過ごしたら、吾は、影向(ようごう)殿のところに顔を出してくるわ!」
 夕餉の時、鳰の手料理をモグモグしながら鸞が言った。
「影向殿のところに? 何ぞ用向きでもあるのか?」
「うむ。譲りうけた時に、甲羅の首尾について教えて欲しいと言われておったのだ! あそこにいると中々

なので、顛末が聞きたいとな!」
「ああ……」
 なるほどな。大亀の様では表に出ることは容易でない。
「影向殿も永らえて居ように、……その……」
 俺が鸞の顔色を伺いながら言葉を濁すと、鸞は言いたいことを察したようでツンと口を尖らせた。
「湖沼には多くの眷属が居るのよ! 影向殿は、数多(あまた)の亀に『大老様』と慕われておる! 寂しゅうないのよ!」
 床に伏していた波武が、ふいと顔を上げてこちらを見た。阿比が、何か? と波武と鸞を交互に眺める。
 うーん……。孤独を極めるのは、野良の久生ばかり……なのか。

「でな! 白雀! 後は頼んだぞ!」
 うげっ! 都合よく逃げる気であるな。俺に、説明と説得を丸投げか!
(その大亀様のおかげで、私の肉集めが容易になったのですね。有難いことです。私からも感謝をしていたと重々お伝え下さい。私の為の手間が軽くなるということですから、心苦しさも幾分か楽になります)
「うむ! 伝えおくぞ! 時に鳰、料理の腕を上げたか?」
(ええ! 嬉しいことを言うて下さいますな。実はですね……)
 鸞と鳰が卓をはさんで楽し気に話しているの見て、目を細めた。
 思えば、これまで鸞が鳰へ向けた好感度を上げるための数々の言動は、いずれ己の肉になってもらうための懐柔であったのだ。今の鸞は、何も打算の無い様で鳰と接しているはずだ。多分……。

「それで、この首尾であったのだな。いや、様々の部位が回収出来たのは嬉しいことなのだが、このままでは戻せぬ」
 梟が難しい顔をして顎を撫でた。
「ほう。何が必要なのだ?」
 鳰の肉は出会い物であるが、肝心なものが解ればこちらに戻る切っ掛けも掴める。
「血管よ。今は、全ての肉を循環液に漬けて(よう)を行き渡らせているのだ。血管があれば、血を戻せるので循環液が不要になる。循環液は、重くてなぁ。このままではたとえ脚が見つかっても、上体が重すぎる故、戻せぬ」
「……なるほど」
 俺も腕を組んで考え込んだ。
「うーん。さしもの影向殿の甲羅も、何を抱えておるのかまでは特定できぬよ!」
 鸞も話に参加する。話を聞いていた阿比が口を開いた。 
「今回私が此処に呼ばれた折に、取り込み中であった仕事……、もしかすると遠仁と関係あるかもしれぬ。後で話そう」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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