賜物 2

文字数 972文字

「はぁ! 厩方(うまやかた)殿が行き逢うて呉れて助かったわ!」
 鸞が意気揚々と先を歩く。
 店の前に菓子の詰まった箱を積み上げて茫然としていたら、たまたま兵部大丞家の厩方が通りかかった。城下の木戸の外を走らせてきた帰りだったらしい。箱を括って鞍に振り分け、残りの一つを俺が抱えることにした。
「あとで、厩の皆さんのところにもお持ちしますね」
 笑みを作って厩方に言うと、複雑な表情を返された。
「恐ろしいことだが、……違和感がなくなってきたなぁ」
「あらまぁ、お上手ですこと」
 それはそうよ。今見つかるわけにはいかない。俺は至って

努めているのだ。 
 屋敷に戻って、雎鳩、精鋭、(くりや)の方々などに揚げ菓子を配って回り、最後に鸞と2人で厩方の控え小屋に行った。胡麻を纏った揚げ菓子は、女子だけでなく男子にも受けが良い。
 兵部大丞は3頭の見事な馬を飼っているので、厩方は5人いる。茶を()れて香ばしくて甘い菓子を味わっていると、厩方の一人が、それにしても蒸すのう、と呟いて溜息を付いた。年配の一人がニヤリと笑って、では冷える話でもするか? と言い出した。
「夕立のあと、黄昏時に現れる怪異の話よ」

 昔、ある戦場で敗走することになったある騎馬兵が、どうにも追い詰められた。己の身柄はどうにでもなるが、長年連れ添った愛馬は何があっても敵に渡したくはなかった。そこで、騎馬兵は己の命の次に大事な馬の頸を刎ねてから自害した。それから、頸の無い馬が現れるようになったのだ。騎馬兵が雨に紛れて敗走したことを再現するかのように、雨上がりに現れては駆け抜けていく。過去に、その怪異を止めんと挑んだ強者がいたが、(ことごと)く蹴り殺されて終わったと聞く。

「ほう! それは、何もせねば、ただ駆け抜けていくだけなのか?」
 揚げ菓子をモグモグしていた鸞は、厩方たちを見回した。
「ただ、駆け抜けていくだけでも充分恐ろしいであろうよ。頸が無いのだぞ」
 若い厩方は怖気を(ふる)った。
「目も無いのに、よく駆けていく方向が判るなぁ」
 鸞は、変なところに感心している。
「主に掛かると怖い話も興覚めよ」
 俺が溜息をつくと、年配の厩方は破顔して頷いた。
「言われてみればそうであるな。しかし、その頸の無い馬には先の騎馬兵の遠仁が乗っておるので、きちんと先を定めて走るのだと聞いたぞ」
 遠仁の乗る頸の無い馬……か、誠の話であろうか。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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