入れ子 10

文字数 816文字

 鳰が肺と舌を繋げる施療に入った。取り戻した肉が、現在の身体の大きさに成長して定着するまで、しばらく時間を要する。梟が鳰に掛かりきりになる間、施療院は休診だ。
 俺は久しぶりに暇になった。普段なら施療院の待合になる小上がりの板の間で、波武と共にぼんやりと過ごしていた。鸞は、鳰の施療の様子を見に行っている。

「ところで、阿比殿はいかがしたのだ?」
 兵部大丞の屋敷から施療院に戻ったら、阿比の姿が見えなくなっていた。
「吾が居れば何とかなるのなら、鳰の番は2人も要らぬであろう、と、新嘗祭前に出て行ったのだ。年末にはかえって来よう。年越しは共に過ごすと言っておった」
「なんと! では、年明けまで仕事はお預けではないか」
 俺がむくれて波武を見返すと、波武は大欠伸で返した。鬼車の居所を突き止めるには波武の協力が欠かせないのだが、波武が俺に付くと鳰を護る者が居なくなる。阿比に居て欲しかったのにさっさと出て行ってしまうとは計算外であった。
「まあ、良いであろう。そこに居るのは解っておるのだから、急ぐことは無い」
 波武はのんびりしたものだ。
「鳰の心臓を抱えておる鬼車と言うヤツだがな、まぁ、一言で言えば奇態な成りをしたモノだ。九つの頭を持つ大きな鶏を思うがよい」
「頭? それは鶏の頭なのか?」
「否。人の頭だ。一つ、俺が食いちぎってやったからな。今は八つだ」
「ふむ。一矢報いてはおるのだな」
「光が苦手故に、地下深くの暗闇に潜んでおる。光を浴びれば動きが鈍るのだが、そうそう外には出てこぬ」
 光が苦手? 
「もしかすると、松明の火でも駄目か?」
「温みのある光は嫌う」
 それで、いくら探しても鬼車は出てこなかったのか。俺らは避けられていたのだな。 
「では『夜光杯の儀』の際はどうするのだ? 真っ暗ではやりようがないであろう?」
 波武はチラリとこちらを見た。
「月光の下で執り行うのよ」
「なるほどな」
 温みのない光、か。洞穴の中にはうようよと居ったな。  
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み