入れ子 3
文字数 1,249文字
始まりは一つの噓。
『蘭陵王』を舞っていたのは、蓮角。
国主一族という身分と、華やかな容姿を備えた蓮角に、多分、都も入江も気分が高揚したのであろう。その正体は、父親に対する巨大な劣等感と承認欲求に支配された自己愛の塊であると分かってからも、後に引けなかったのであろう。
「一方で、鷹鸇は気に病んでしまったわけ。自分が引いたがために、入江は蓮角に弄ばれて、子どもが出来ても認めてもらえない。私生児を孕んだと後ろ指を指され、やがては城下から遠い湖沼の別荘に隠遁することになってしまう。あの時、自分が勇気を出して申し出て居れば幸せにできたのではないかと……」
伯労は溜息を付いた。
「それも、……独りよがりな考えなのだけどね。引いた見返りに、蓮角から公私とも口添えをしてもらったのも益々重荷になった。それに、……蓮角が更につけ込んだの。自分の父が企む『夜光杯の儀』の贄に、入江の子をあてがうことを画策した。でも、自分は手を汚したくないモノだから、鷹鸇に恃んだのよ」
「……鳰を、湖沼の別荘から攫 ってくるように、と」
伯労は無表情でコックリと頷いた。
何という、酷いことを……。
「鳰を連れてきたら、入江を呉れてやると言われたらしいわ。そんなこと、入江が承服するわけないじゃない。事実上、蓮角に捨てられて、子どもが唯一の拠り所だったのだもの。入江本人にとっては、……鷹鸇が何者なのか知ったこっちゃなかったろうしね」
「では、入江は、鳰を攫った鷹鸇の後を追って……」
「雪の中、亡くなったのでしょうね。……自分が赤子を攫って城下に戻った後、入江が行方不明になったと聞いて、鷹鸇はそれこそ悔やんでも悔み切れなかった。一方、鵠は念願かなって晴れて国主となり、蓮角はその嫡子。鷹鸇はその企てに組した者として重用されたわけ」
いくら国主一族に重用されても、鷹鸇の思いはちっとも晴れなかっただろう。いや、人を踏み台にして得た幸せなど苦しいだけである。その上、鷹鸇が一目置いた俺まで蓮角に目をつけられたとあっては、心穏やかでなかったに違いない。俺が想像していたよりもずっと、鷹鸇は辛い立場にいたのだ。
「あんたに仙丹が付いて、どうやら遠仁を喰うらしいということが解った鵠は、善知鳥を送って真価を確実と見たのだけど、仙丹をあんたから切り離したとしてうまく機能するのかということには疑問符だった。そこで、あんたが鳰の肉を集め始めたのを見てそっちを利用しようと思ったわけ」
「だから、その後追手を見なくなったのか……」
「さすがに烏衣は予想外だったわ。……まぁ、私も鳰を利用しようとしたクチだけど、鳰を取り巻く顛末を知って驚いたわ。自分が……遠仁にバラバラにされてこの様なのに、それを利用するなんてね。あんたが、鳰の肉を集め始めたのを知って協力し始めたのは、鳰に対する償いの気持ちよ」
伯労は顔を上げた。晴れやかな顔であった。
「ね? だから、遠慮しないで私を召して頂戴。あんたならきっと鬼車を退治てくれるから、わざわざ見届ける必要なんてないわ」
『蘭陵王』を舞っていたのは、蓮角。
国主一族という身分と、華やかな容姿を備えた蓮角に、多分、都も入江も気分が高揚したのであろう。その正体は、父親に対する巨大な劣等感と承認欲求に支配された自己愛の塊であると分かってからも、後に引けなかったのであろう。
「一方で、鷹鸇は気に病んでしまったわけ。自分が引いたがために、入江は蓮角に弄ばれて、子どもが出来ても認めてもらえない。私生児を孕んだと後ろ指を指され、やがては城下から遠い湖沼の別荘に隠遁することになってしまう。あの時、自分が勇気を出して申し出て居れば幸せにできたのではないかと……」
伯労は溜息を付いた。
「それも、……独りよがりな考えなのだけどね。引いた見返りに、蓮角から公私とも口添えをしてもらったのも益々重荷になった。それに、……蓮角が更につけ込んだの。自分の父が企む『夜光杯の儀』の贄に、入江の子をあてがうことを画策した。でも、自分は手を汚したくないモノだから、鷹鸇に恃んだのよ」
「……鳰を、湖沼の別荘から
伯労は無表情でコックリと頷いた。
何という、酷いことを……。
「鳰を連れてきたら、入江を呉れてやると言われたらしいわ。そんなこと、入江が承服するわけないじゃない。事実上、蓮角に捨てられて、子どもが唯一の拠り所だったのだもの。入江本人にとっては、……鷹鸇が何者なのか知ったこっちゃなかったろうしね」
「では、入江は、鳰を攫った鷹鸇の後を追って……」
「雪の中、亡くなったのでしょうね。……自分が赤子を攫って城下に戻った後、入江が行方不明になったと聞いて、鷹鸇はそれこそ悔やんでも悔み切れなかった。一方、鵠は念願かなって晴れて国主となり、蓮角はその嫡子。鷹鸇はその企てに組した者として重用されたわけ」
いくら国主一族に重用されても、鷹鸇の思いはちっとも晴れなかっただろう。いや、人を踏み台にして得た幸せなど苦しいだけである。その上、鷹鸇が一目置いた俺まで蓮角に目をつけられたとあっては、心穏やかでなかったに違いない。俺が想像していたよりもずっと、鷹鸇は辛い立場にいたのだ。
「あんたに仙丹が付いて、どうやら遠仁を喰うらしいということが解った鵠は、善知鳥を送って真価を確実と見たのだけど、仙丹をあんたから切り離したとしてうまく機能するのかということには疑問符だった。そこで、あんたが鳰の肉を集め始めたのを見てそっちを利用しようと思ったわけ」
「だから、その後追手を見なくなったのか……」
「さすがに烏衣は予想外だったわ。……まぁ、私も鳰を利用しようとしたクチだけど、鳰を取り巻く顛末を知って驚いたわ。自分が……遠仁にバラバラにされてこの様なのに、それを利用するなんてね。あんたが、鳰の肉を集め始めたのを知って協力し始めたのは、鳰に対する償いの気持ちよ」
伯労は顔を上げた。晴れやかな顔であった。
「ね? だから、遠慮しないで私を召して頂戴。あんたならきっと鬼車を退治てくれるから、わざわざ見届ける必要なんてないわ」