磯の鮑 11

文字数 1,019文字

「烏衣とか言う女子は、あんな様子であったか?」
 烏衣が席を外してから、俺は雎鳩に訊いた。朧げな記憶だが、もう少しほんわりした雰囲気であったような……。 
「ね? いささか剣呑でしょ?」
「俺の乳ばかり見ておった」
「それは知らないわよ」
 そうこうしているうちに、早くも酒気を帯びた臣たちがこちらへやってきた。中央にいるのは蓮角だ。自然に身体に力が入り、手にした銚子を両手で握り込んでしまう。

「おや、雎鳩殿。今宵も見目麗しゅう」
 蓮角は雎鳩との間に俺を挟む形で無理矢理席に割り込んできた。
「新顔の侍女か?」
 俺に目配せを呉れると、さりげなく尻をなでる。ゾワリと全身鳥肌が立った。
「ほお。コイツも、雎鳩殿の趣味で侍らせてるヤツか」
 し……尻を触って躰の締まりを見たのか? き、気持ち悪っ……。
 どう反応してよいのやら解らず、蓮角を横目に捕えたまま硬直してしまう。俺を見た雎鳩が小さく溜息を付いた。
「無礼なヤツ。いくら酒の上とは言え、家のモノにちょっかいを出すなんて、もう呼ばれても来てやらぬよ」
 雎鳩は不機嫌を隠さずギッチリ蓮角を睨みつける。
「ははは! 雎鳩殿くらいよ! かように俺に意見をするのは! どれ、娘御、俺にも酒を()げ!」
 俺はひょこっと頭を下げると、蓮角に盃を渡し、酒を注いだ。蓮角はソレを一気に煽り、今度は俺を押しのけて雎鳩に迫った。
「で、いつになったら色よい返事が聞けるのか?」
「何度断ったら、その頭に響くのか?」
「ほんに辛辣よのう。通るまで何度でも言うぞ」
「雨乞いか?」
 雎鳩の短い返答に、一瞬反応に困った様子だった蓮角は、合点がいって破顔した。
 願いが通るまで乞い続けるのは雨乞いの常套だ。
「その返しがよいのよ! 雎鳩殿は頭の回転が良いから面白い!」
 蓮角が空の盃を差し出したので、俺はすかさず注いだ。それをまた機械仕掛けのように蓮角があおる。
「多分俺は、父上に期待をされてはおらぬ。放っておかれるのは愛ではない。気を引こうとあれこれしてみたが、何をしても何も言われぬ。言葉の通り放っておるだけよ。な? だから、雎鳩のような頭の良い女子に色々小言を言われたいのよ。解るだろう?」
「もう……。蓮角様、酔いすぎよ」
 身を寄せてくる蓮角を、雎鳩が厭わしそうに押しのけた。
 俺は、初めて聞く蓮角の本音に息を吞んだ。
 コヤツ、かようなことを思っておったのか。数々の狼藉や乱暴は、父である鵠殿の気を引く為だったと、そう言うことだったのか? 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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