堕ちた片翼  8

文字数 742文字

 俺は刀身を置いた。

「遠仁と取引なぞ、馴染みのないことをさせる」
 
――フン やつヨリハ真面(まとも)

 鷹鸇(ようせん)遠仁(おに)以下か。面白い。

「聴いてやろう。なんだ?」

――我ヲ 逃ス代ワリニ オ前ガ 今求メテイル事ヲ 訊コウ

 求めていること? 
 俺は視線を巡らせた。
 次の目的。
 鳰の肉を抱えている遠仁の消息。

「『夜光杯の儀』で……贄になったものの肉体(からだ)を探している」

――コレハマタ ()ナモノヲ

「御託は良い。知っているのか否か」

――我ハ 興味ガ無イ ガ 忌地(いみち)ノ遠仁ナラバ アルイハ
 
 「忌地」……かつて城下に疱瘡(ほうそう)が流行った折、数多の死人を召したという城下の北東に位置する森のことだ。
 いかにもそれらしい場所。俺でも思いつく。

「不成立だ。つまらぬ知らせと取引する気は無い」
 俺は刀身に丹く光る左手をかざした。
 青い炎が狂ったように逆巻く。

――マア 待テ! 爪紅ジャ! 狂女ノ噂ジャ! 

「なんだそれは?」

――ココマデ 来ル 間ニ 聞イタ 
――死ンダ子ドモノ 爪ヲ集ツメル女ノ話ジャ
――何カニ 憑カレテイルトイウ
――アレハ 遠仁憑キカモ知レヌ

 俺は左手をおさめた。
「どこだ……それは」

――碧キ湖沼ノ東 
 高貴筋どもの避暑地か。

「ふむ。心に止めおこう」  

 刀身は勝手にするりと鞘に収まった。
――ソロソロ 潮ノヨウダ 
――我ハ コノママ アヤツガ堕チルマデ ユルリト愉シムノジャ
――悪貨ニ染マザル良貨ガアッタトイウニ アヤツハ誠ニ 憐レデアルナ

「何の……ことだ?」
 訝って聞き返したが、ゴトリと音を立てた切り、長物は黙り込んだ。
 青い炎も消えた。

 屋の外が俄かに騒がしくなった。
 波武の吠える声。
 遠く、馬の蹄の音を聞く。
 俺は着替えかけて肌脱ぎになっていた着物を引っかけなおすと、左腕は懐手にして部屋を飛び出した。

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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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