水上の蛍 1

文字数 773文字

 数日後、俺は再び安摩の面を付けて雎鳩(しょきゅう)の後ろに控えていた。
「あの屋敷は、今、蓮角に徹底マークされてる。あの場の状況を見て何が起きたか察したようね。地下へのルートを塞がれる可能性があるけど、しばらくは近付かない方が懸命だわ」
 脇息(きゅうそく)に肘を預け、前を向いたまま雎鳩は呟いた。基本、主人と侍従は面と向かって言葉を交わすことはない。俺が安摩の面をつけている時は、仕来(しきた)りに倣って、雎鳩は俺を扱う。
「代わりに、といってはなんだけど、別件から情報を得たの。高貴筋の姫君御用達のパワースポットよ。縁結びの庵。あんた、聞いたことある?」
「否」
 侍従らしく短く答える。
「でしょうね。私は……行ったことあるけど、そもそもあーゆーのって気休めよ。てゆーか、縁結びの神自体、今、あそこに居やしない。喰われっちゃってるからね」
「は?」
 今の返事は完全に「素」だった。
「庵の前に、縁結びの神が住まうと言われている池があるのだけどねー。今住んでるのは、あれ、遠仁よ」
「……」
 
 しばしの間、沈黙が流れる。
「心の準備が出来てるなら、段取りつけるけど? どうかしら」
「諾……と、承ります」
 雎鳩は、クスクス笑った。
「そう来なくっちゃね。解ったわ。『雎鳩は、縁結びの神に詣でたい』と、そうアピールしとく」
 そう言って立ち上がった雎鳩は、何かを思い出したように、あ、と小さく口にした。
「今回の相手はデカいから、助っ人を呼んでおいた方がいいわ。この間のボクちゃんは呼べるかしら?」
 ボクちゃん? もしかすると……(らん)のことか。
(しか)り」
「うふふ。じゃあ、追って日取りを伝えるわね。今日は、もう下がっていいわ」
 雎鳩は、そう言うと部屋を出て行った。
 相変わらず謎な人だ。
 何だ、その「別件からの情報」というのは……。

 デカいというのは、物理的にか。
「さて……鸞か」
 俺はヤレヤレと溜息をついた。
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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