磯の鮑 10

文字数 1,091文字

 烏衣は、蓮角からの宴の招待を直々に知らせに来た、ただそれだけであの騒ぎだ。
「俺が素で出たらどうなるんだ?」
 怖いモノ見たさというか何と言うか……試しに雎鳩に聞いてみた。
「吊るして精気を吸い取られるわよ、きっと」
 雎鳩は歯を見せて、ニヤリと笑った。
「そりゃー怖いな」
 俺が一体何をしたというのだ。恋慕と言うには気持ち悪いほどの執着だ。遠仁に付け込まれるわけだ。それだけ俺に思い入れをしているのだったら、蓮角がそっちに任せたと放っておくのも解るような気もする。とにかく、

直前まで、俺だと気づかれぬようにせねばな。

 宴の主催は蓮角だが、会場は式部大輔の屋敷だった。
 精鋭部隊と、俺と雎鳩と、2台の馬車で参上することになった。身分的には、俺は精鋭の方に入るべきなのだろうが、なにせ

|

なので隙が無いのだ。
 雎鳩と同乗していた為、自然と俺が雎鳩をエスコートするような形になる。屋敷内に入ると、遠仁の気配が意外に濃いのに驚いた。鷹鸇(ようせん)の屋敷を思い出す。覚えず表情が硬くなってしまったようで、雎鳩が心配そうに俺を見た。慌てて、笑みを作る。
「あら、(じゅん)ちゃん、大丈夫? 緊張しちゃった?」
 後ろから水恋(すいれん)が声を掛けてきた。
「気をつけなさいよ。若様が、雎鳩様にベタベタしてくるからね」
 魚虎が俺の肩に手を置いた。
「鶉ちゃんは、ずっと雎鳩様に貼り付いてていいからさ」
 翡翠(ひすい)が、辺りを警戒しつつ己の袖を手繰っている。
「芸を披露する時以外は黙ってお酌だけしておれ」
 (りゅう)が親指を立てて俺の顔を見た。
 実に心強い。俺はここ数日ですっかり精鋭と馴染んでいた。

 式部の家人(けにん)に席へ案内され、本来だったら雎鳩の隣、蓮角が座るであろう側にシレッと俺が座ってやった。
 広い中庭を望む縁台。それが廻廊の様に囲んだ中央に舞台を仕立ててある。今は、お抱えらしい楽団が管絃を披露していた。宴は誰が仕切るわけでもない。招待された者が開催時刻に(つど)うて好きに飲み食いして交流する形式らしい。
 皿に盛られた料理と酒を適当に突いていると、高価な衣を纏った女子が雎鳩の前に立った。
「烏衣様、お招きいただいてありがとう」
 雎鳩がニッコリ微笑むと、烏衣は返事もそこそこに俺をマジと見つめた。
「蓮角様は今父上と歓談中故、その内にいらっしゃいますよ。しかして……」
 烏衣の目は、なんでこいつここに居る? という俺の存在を訝るものだった。蓮角が来るべき席が埋まっているので如何にしたものかと戸惑っているらしい。と、いうか、なんでこの女子、俺の胸元ばかり見ておるのだ? 贋乳がいささかデカすぎるような気がするのは認めるが。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み