千里香 5

文字数 1,054文字

 皆で囲炉裏を囲んでいると、戸口をほとほと叩く音がする。
 (かん)は顔を上げた。
「お客人、ちいと賑やかになるが良いか?」
 それは断りと言うよりも、これから起こることの説明に過ぎなかったと後で知る。戸口に立った翰は、外に居た者を招き入れた。
「今日は、お客人が見えておるよ」
「ほうほう! それはようござった!」
「おこんばんは!」
 え? 俺と鸞は目を見開いて入ってきた者らを見た。手に酒やら魚やらを持った男女がどやどやと5人程入ってきたのだ。

 囲炉裏のまわりはあっと言う間に宴会状態となった。
 俺の……苦手な雰囲気だ。
 内心冷や汗をかきながら、居心地の悪さに苦笑いしていると、ひときわ体格の良い毛深い男が俺のそばに来た。
「兄さん! 酒はいける口かい?」
「ええ……まぁ」
「じゃぁ、遠慮せず飲めや」
 なみなみと注いだ盃を押し付けてきた。
 見回すと、鸞は他の娘らと酌み交わし、猿子まで酒に呼ばれている。
 なんだ? 深刻そうな顔をしていたので「いかな難題か」と思うたが、毎夜、宴会に引き込む者が居るから不健康だと、そういうオチか? 
 そして、コヤツらはやはり狐狸貉の類であるのか、何も感じぬ。鸞もあの調子なら、影向の甲羅ですら反応しておらぬのだろうな。でも、まぁ、刷り師に心配を掛けているのであれば、正体くらいは聞いておくべきか。

 酒が進むうち、翰は囲炉裏の傍で寝入ってしまった。猿子も疲れたのであろう。船をこいでいる。それぞれに夜具を掛けてまわったあと、俺と鸞は、ほろ酔いでほぐれた男女たちと相対した。
「其の方らが翰を酒に誘うせいで、彼の者はすっかり不健康な顔つきになり、心配しておるモノがいるらしいぞ」
「そこな『謳い』なぞ、其の方らのことを怪異と申していた。人ならぬ者であるのだろう? いかな理由でここに来るのだ?」
 俺と鸞の問いかけに、男女らは顔を見合わせる。
 俺に酒を勧めた大柄の男が代表して口を開いた。
「儂らは、ここに住まっておった猟師に弔われた獣霊だ。毛皮肉と引き換えに丁寧に厚く弔われ、御饌(みけ)をたっぷり賄われて送られたので、その礼として、永らく護りとして憑いておった。猟師が身罷(みまか)った後は、しばらく天に戻っておったのだが、この男が来たのでまた護りとしておりてきたのだ」
「護り? 一体、何から護るというのだ?」
 俺が訝しむと、鸞が険しい顔で男に訊いた。
「この裏の山から不穏な気を感ずるのじゃ。一体、何が居るのだ?」
 男は、仲間たちと目配せをしあってから、こちらに向き直った。
「骨塚が……。そして尸忌になり損ねた神が()る」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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