死にたがり 2

文字数 1,006文字

 等価交換――願いを託した贄の肉を以って、願いを叶えた無形の神(久生)を召してもらう。
「つまり、鸞は、本来の『夜光杯の儀』によって肉を得て……ニンゲンになって……

ってことか?」
「言い方が気に入らぬが、端的に言うとそうだ!」
 は? そんな、あっけらかんと言うことか?
「主……阿比には『命を粗末にするな』とか言いいおって、己はそれか……」
 鸞は、そう言われるとは心外だと言うようにむくれた。
「ニンゲンはいいよな! 終いがあるからな! 吾には無いぞ!」
「あ? ええ?」
 そう言われてみれば、鸞はどれほど長く生きているのだろう。そもそも屋代の風習がいつから出来たのか知らぬが、それ以前から居ると言っていた。
「波武は、それを阻止したいのよ! だから誰にも何も語らぬ!」
 そうか……鳰の身の上を明かすことは、鳰を奉じた者を、その願いを明らかにすることでもある。
 鳰の身体が全き体になり改めて鸞に奉ぜられるとしたら、鸞が召されるためには願いが何であったかを明らかにして叶えてやらねばならぬ。

――玉造りの杯に……祈念する者と(にえ)の血を盛って(まつ)り、……遠仁を招く
――鳰は誰の子ということになるのだ? そこいらの子を拾って捧げても、契約の効果があるとは思えぬが?

 少なくとも、鳰を贄として奉じたのは血縁者だ。だから、波武は、鳰を誰から奪って何処から連れてきたのかを頑なに言わないのだ。
 ああ、でも俺は、鳰の母方の血縁を明らかにしてしまった。
 鸞の、前で……。

「さて、洗いざらい話したぞ!」
 鸞はスッキリした顔をしている。コイツは……とんでもない奴だ。
「俺には……『疑惑』が『露わ』になっただけであるよ」 
「良かったの!」
「良くない! 俺は、鳰を鸞に呉れてやる気は無いぞ! そもそも、鳰が一回バラバラになった時点で、祈念する者の願いは叶ったはずであろう? 今更、蒸し返すことは無いであろうが!」

が叶えたかどうか、その祈念した者は満足したのかどうか、主は知っているのか?」
「うっ……」
「そも、鳰をあれやこれやと構ってやっておるが、主は『夜光杯の儀』については、完全に部外者ではないか! 主には鳰の去就に関する決定権は無い! 主の情緒など関係なく、夜光杯は今だ健在ぞ?」
 無邪気に笑いかける鸞が言っている意味が分からない。
 これまで、良かれと思って鳰の肉を共に集めていたのでは無いのか?
 俺は、こんなことの為に鸞と供にいたのか?
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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