古き物 4

文字数 928文字

 夕刻前に、自分の控えの間に戻った。
 戸を立ててから寄り掛かり、溜め息をつく。
 後、もう少し。
 ただ、次は随分と手間のかかりそうな……。

 ドンドンと背中に振動を感じた。
 あ、この高さは、鸞だ。 
 俺は背を放して戸を引いた。
「もー、閉め出されたかと思うたぞ!」
「ああ、すまぬ」
「雎鳩とゆるりと話せたか?」
「うむ……」
 部屋の内に入ってきた鸞は、怪訝な顔で俺を見上げて首を傾げた。
「なんぞ、難儀なことでも言われたか?」
 難儀と言うか……。
 俺は渋い顔を向けた。
「鸞は、『鬼車(きしゃ)』とかいうモノを知っておるか?」
鸞は弾かれたように目を見開いた。
「なんと古いモノを! 神代のモノであるよ! それが……どうしたのだ?」
「それが、お主の言うていた……鷹鸇の屋敷の地下に居る『何か』よ」
「はぁ?」
「集うていた遠仁らは、ソヤツが喰うた者らよ」
「まことかぁ……」

 鷹鸇の屋敷と国主殿の屋敷は地下深くの洞穴で繋がっているのだという。
 洞穴の奥底に鬼車は棲んでいる。処刑した罪人の骸や、その時々で奉じる贄でその存在を維持してきた。

「夜光杯は……ソヤツが抱えておるのだそうだ。俺らの予想は当たりだ。鳰の身体を全き姿にして改めて奉じるとなったら、お主は国主鵠殿の願いを叶えることになっていたようだ」
「ほう」
 鸞は目をパチクリさせた。
「で、鵠とやらは何を願っておったのであろうな?」
「……」
 俺は目を閉じて息を整えた。
 全ては、

、だったのだ。
 鵠は、決して国民の為と思うて仙丹の研究をさせていたわけでは無かった。

「不老不死を……請い願うておったのだそうだ」

 自らの血縁を贄に捧げるという万全の準備して執り行った『夜光杯の儀』が波武の介入により不成立に終わり、鳰の肉をバラバラにしてかすめ取った遠仁たちには、己が国主となるよう新たな願をかけた。そして、国主としての権限を得てから、新たな「不老不死の可能性」として鵠は梟に仙丹の研究を命じたのだ。

 鸞は、ムスくれた顔をした。
「吾は……鳰を諦めたことで難を逃れたな」
「不老不死にするのは、鸞をしても難しいことなのか?」
「当り前よ! (ことわり)に反するわ!」
 一点を睨みつけたまま、鸞は言った。
「要は、人を神にせよ、ということだからの!」 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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