餓鬼の飯 5

文字数 978文字

 御魂祭は、夕刻、まだ明るいうちに各戸内で行われる。祭壇に捧げたヤマユリと供物の前で、先祖、新魂、遠仁へ祈りをささげた後、供物は下げられる。

 そうして、東の空に満月が上がるのを機に、門前の縁台に御魂祭の供え物を出す。
 月影を照り返して白く光るヤマユリは、強い香りを辺りに振り撒く。
 久生である鸞は、遠仁は臭いという。年に一度だけ人家に遠仁が来ることを許すこの日、香り高い花を飾るのは皮肉なのか妥協なのか……。まぁ、そんな思いがよぎったのは、鸞が遠仁のことを「お腐れ」などと言うからだ。好きで腐った者ばかりでもないであろうに。

 各戸が縁台を出し始めると、三々五々、鉢やら籠やらを手にした子どもらがやってくる。一様に、くたびれた服を着ているのに胸が締め付けられる思いがした。逆に言えば、こざっぱりした衣装を纏える子どもらは供物を用意できるだけの蓄えのある家の子なので、餅を貰いには来ない。

 兵部大丞の使用人と共に門に立ち、来る子どもらに、2つの高坏から一つずつ餅を取って持たせてやる。ぺこりと頭を下げて去っていく子どもたちに、神となった魂の加護があることを願う。
 妹か弟かを背負った子どもに、負うた子の分もと餅を持たせていたら、脇からぬうっと手が伸びて、握り飯を掴んだ。
「それは遠仁の分よ。待ちあれ、ちゃんと餅をやる」
 言ったときには、もう握り飯を口に頬張っていた。余程お腹を空かせていたのであろう。年端もゆかぬ幼子だ。先程餅をもらっていた子が、慌ててペコペコと頭を下げた。
 この子も兄弟か。
 俺はまた余分に餅を持たせた。
「ちょっと待っててね。ちゃんと清めておかないと、供物を横取りされたと遠仁から嫌がらせを受ける」
 俺が目配せをすると、一緒に餅を配っていた水恋が塩壺を持ってきて、摘みとった塩を幼子の肩に振りかけた。塩を振るのは、海水で禊ぎをする代わりとして邪気を払う(まじな)いだ。
 兄弟手を取り合って、ペコペコ頭を下げながら去っていく後姿を見送った。

 大丞殿の屋敷では、今宵は御魂祭の宴会である。この格差はどうにかならぬものかと切ない思いに駆られた。

 餅が全てはけた頃には、満月が大分上に来ていた。
「では、屋の内に入ろう」
 翡翠に促された俺は、縁台に残った握り飯の盆を見た。
「これは?」
「……これは、このままにしておくの」
 そうか、必要なものが取りに来るのだな。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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