紅花染め 14

文字数 848文字

 城下の新年は静かに明けた。
 施療院の敷地から、初日を拝んだ俺たちは、午前中はまどろむつもりでそれぞれがそれぞれの場所で休むことにした。鸞と波武は小上がりでお互いに包まって、阿比は布団部屋でぬくぬくと。隣の施療室から良い感じで酔った梟のいびきが薄い普請を通して聞こえてくる。
 俺は、シンと冷える診察部屋で夜具に包まってぼんやりしていた。

 部屋の戸を叩くものがいる。
「さむい……」
 戸を開けたのは鳰だった。女子だからと普段からちゃんとした一部屋を与えられている。火鉢も持ち込んでいたはずだ。
「いっしょに いいか?」
「ああ」
 俺は診察用の(とこ)に居たのを、少し脇へ避けて鳰の潜り込む隙を作った。自分の夜具に包まったまま、鳰はギュウと俺の隣に入ってきた。

「……」
「……」

 どちらもしばらく押し黙ったまま、向かいの壁の一点を見詰める。
 端を切ったのは鳰だった。

「はくりゃくどの におが おなごで こまったか?」
 ……何を言うかと思ったら。俺は正面を見つめたまま苦笑した。
「少し、な」
「におも こまった」
「……そうか」
「もやもやの きもち できた」
「モヤモヤしておったのか」
 隣の夜具の塊が、コクリと動いた。
 夜具の隙間から、白い手が覗いた。
「はくりゃくどのに はじめて さわったときから」
 細い指が、キュッと握り込まれて再び夜具に引っ込む。
「きょうどのと かかさま あねさま みて かぞく? めおと? なんとなく ひとの いとなみ しったけど におは ないとおもった ずっと」
「うむ」
「はくりゃくどの あつめてくれて におも ないものが ある いま」
「そうか。なら、……よかった」
「……すこし こわい」
 俺は鳰の横顔を見た。
 思いつめた顔で、ぎゅっと目の前の壁を見つめている。
「にお しらない もやもや どうしたらいいか わからない やっと てにしたもの なくしたくない」
 鳰は僅かに顔をこちらに向けて、潤んだ瞳で俺を見た。
「にお じゅうごに なったよ」
「うむ……」

「はくりゃくどの なら すきにしてよいよ」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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