さえずり 7

文字数 1,345文字

「ところで、白雀殿よ、国主殿のご様子であるがな……アレは、病とはちいと違うようなのだ」
 俺は、ハッと目を開いて梟に向き直った。
「光を厭われ、真っ暗な部屋に引きこもっておいでだ。青白く痩身であられるのに、絶えず何かを召しあがっていらっしゃる」
「ん? では、ここしばらく表に出てこられぬのは……」
 俺は鸞を見やった。鸞は険しい顔をして梟を見詰めている。
「ああ。日の下にはお出でに成れぬ。……で、鳰の話をすると、人の姿に戻ったことを喜ばれて、是非に会いたいという。準備が出来たら呼ぶので屋敷に来るようにとの仰せだ」
 一体……どのような神経を持ち合わせておるのか。
 鵠の為に、鳰の姿を人に戻したわけでは無い。
 準備とはなんだ? また鳰を利用する気ではないか!
 俺はギリッと奥歯を鳴らした。
 そも、鳰の身柄を贄に捧げたのは赤子の頃の話。今の鳰を見たとて、いかな血縁の証拠を見出すというのか……。幸か不幸か鳰の容姿は入江に似て、蓮角の種とは分からぬ。

「梟殿、……多分、鵠殿は……鬼車に憑かれておる。日の下を嫌われる様や、しばらく贄を断たれて飢えていると目されるその様子は……」
「鳰を会わせに行くのは、なかなかに危険であるな……」
 鸞が腕組みして深く息をついた。
「だが……会わせに行かねば、鳰を鷦鷯(しょうりょう)とは認めぬ、ということなのであろう?」
「認めると言うてその実、その場に鬼車が待ち構えて、鳰を喰わんと待っておるに相違ないわ! 全く卑怯なヤツよ!」

(あ、あのー……)
 俺と鸞の話に、鳰が割って入った。
(どうしても……その……国主殿に会って、「鷦鷯(しょうりょう)である」ということを認めていただかないといけないのでしょうか? 私、……このまま、梟殿の元に居て白雀殿や鸞、波武とともに暮らしていきとうございます)

 戸惑いを隠せぬ鳰の表情に、どうしたものか、と俺は鸞と目配せをした。
 鳰自身は、降ってわいた自分の出自を受け入れられずにいる。それは仕方のないことだ。だが、蓮角亡き今は、鵠が健在である今のうちに鳰の身分を明確にしておかねばならぬ。それに、俺が……いつまでこの世にとどまっていられるのか皆目見当がつかぬのだ。その間に、鳰自身の先行きを安泰にしてやりたい。
 鳰に、何と説明したものか……。

「その……国主殿に憑いている『鬼車』という者が、鳰の心臓と夜光杯を持っているのだ。それを取り戻さなくては、真の意味で全き姿に成り得ぬのだよ」

(肺も戻ったので、以前と同じように動けるようになりました。舌もあります。ちゃんと練習すれば皆さまと同じように自分の口で話すことも出来ましょう。今の身体に、私は何の不自由もございません。……ただ、遠仁に付き纏われるので皆さまにご迷惑をおかけするのは……心苦しいことですが……)

 いや、鳰はそうかもしれぬが……。

「雎鳩が説明したであろう? 蓮角亡き後は、鳰がこの国を継ぐ者になるのだ。国主殿があのような様であれば、誰がこの国を守ればよいのだ? 正当な後継であることを明らかにしておかねば、この国は無駄な争いに巻き込まれよう。もはや一人のことではないのだ」
「いずれにせよ、全き姿に戻っていただかなくてはならぬのよ! ただ、今は良い策が無いのでな!」
 鳰は、ただただ困惑した顔で俺と鸞を見比べていた
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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