隣の花色 6
文字数 1,161文字
「ん-、辻斬りの捜索をするのに鳰の肉を持ち歩くわけには行かぬな」
宿に帰ってから、俺は思案する羽目になった。いくら赤子サイズといえ、手元にあるのは両耳、頭蓋骨、髪一房、そして謎の小瓶だ。
この宿で一番安全な預け先というと、屋代しか思いつかぬが……。
心の内を話すと、鸞が、マジかよ、という顔で目を剥いた。
「噪天 は心もとないが、鸛鵲 殿は確かな『謳い』であるよ。万が一にも遠仁が寄っても護って呉れよう」
「それはそうだが……」
鸞としては噪天に貸しを作るようなのが嫌と見える。
「ならば、ここで守りをして待つか? 俺だけで動くが?」
「うーん」
それも嫌なようだ。
「では、屋代に願い出て、屋代内で鸞が鳰の肉の守りをすればよい。いざとなったら、俺が鸞を呼べばよかろう? その僅かなうちだけ鸛鵲殿に護っていただこう」
しばらく思案していた鸞が、渋々と首肯いた。
昼の内に算段だけつけておき、夕暮れがせまってから俺と鸞は別れた。
久方ぶりの単独行動に、ちと周囲が寂しい思いがする。懐にのんだ合口だけが頼りであった。
宿屋の主人は出没自在と言っていたが、さても辻斬りとはいかな場所に現れるモノか。ただ歩いていては胡乱 なので、それらしい包みをもった遣いの者を装い、やや猫背気味に道の隅を足早に歩いてみた。
時々夜回りや捕り方ともすれ違いながら宿内を小一時間程ウロウロしたであろうか。
上った月が雲に見え隠れする頃だった。
夜鳴きの屋台を過ぎ、宿屋の辻のちょい手前のところで背後に気配を感じた。
遠仁ではない。
ヒトだ。
昨日の今日とは、随分と追手を舐めた態度である。
捕まらないとタカを括っているのか?
ふと足を止めて周囲の気配を窺った。あれだけ擦違った夜回りたちの姿がプツンと途絶えている。
振り返って小首を傾げてみせてから、前向きに戻る素振りで地面に転がった。
さっき俺の頭があった位置を、青く冴えた光が月影を返してひらりと撫でた。
くるりと受け身を取って蹲踞 の姿勢になる。
何者かの僅かな舌打ちが耳に届いた。
ここらは日の高いうちは市が立つ路地だ。夜になると空の小屋と日よけの街路樹が目立つばかり。
木陰の暗がりに何者かの気配がする。
さて、こちらが気付いたとなれば、このまま退散するか?
間誤 付いていると夜回りらが来るぞ。
と、その時宿屋の方面から蹄の音が響いた。
騎馬だ。
みるみる近付いたそれは、物陰に居た何者かを拾い上げ、瞬く間に闇に消えていった。
何? 協力者? 仲間が居るのか?
俺は茫然とその後ろ姿の方角を見た。
蹄の音が完全に消えた頃、夜回りの男衆が回ってきた。
「今、ここを馬が通ったが?」
「馬? ああ、館の者も馬で警邏をしておられる」
男衆らはこともなげに説明した。
館の者? あれは、この宿を統治しておる手の者か!
宿に帰ってから、俺は思案する羽目になった。いくら赤子サイズといえ、手元にあるのは両耳、頭蓋骨、髪一房、そして謎の小瓶だ。
この宿で一番安全な預け先というと、屋代しか思いつかぬが……。
心の内を話すと、鸞が、マジかよ、という顔で目を剥いた。
「
「それはそうだが……」
鸞としては噪天に貸しを作るようなのが嫌と見える。
「ならば、ここで守りをして待つか? 俺だけで動くが?」
「うーん」
それも嫌なようだ。
「では、屋代に願い出て、屋代内で鸞が鳰の肉の守りをすればよい。いざとなったら、俺が鸞を呼べばよかろう? その僅かなうちだけ鸛鵲殿に護っていただこう」
しばらく思案していた鸞が、渋々と首肯いた。
昼の内に算段だけつけておき、夕暮れがせまってから俺と鸞は別れた。
久方ぶりの単独行動に、ちと周囲が寂しい思いがする。懐にのんだ合口だけが頼りであった。
宿屋の主人は出没自在と言っていたが、さても辻斬りとはいかな場所に現れるモノか。ただ歩いていては
時々夜回りや捕り方ともすれ違いながら宿内を小一時間程ウロウロしたであろうか。
上った月が雲に見え隠れする頃だった。
夜鳴きの屋台を過ぎ、宿屋の辻のちょい手前のところで背後に気配を感じた。
遠仁ではない。
ヒトだ。
昨日の今日とは、随分と追手を舐めた態度である。
捕まらないとタカを括っているのか?
ふと足を止めて周囲の気配を窺った。あれだけ擦違った夜回りたちの姿がプツンと途絶えている。
振り返って小首を傾げてみせてから、前向きに戻る素振りで地面に転がった。
さっき俺の頭があった位置を、青く冴えた光が月影を返してひらりと撫でた。
くるりと受け身を取って
何者かの僅かな舌打ちが耳に届いた。
ここらは日の高いうちは市が立つ路地だ。夜になると空の小屋と日よけの街路樹が目立つばかり。
木陰の暗がりに何者かの気配がする。
さて、こちらが気付いたとなれば、このまま退散するか?
と、その時宿屋の方面から蹄の音が響いた。
騎馬だ。
みるみる近付いたそれは、物陰に居た何者かを拾い上げ、瞬く間に闇に消えていった。
何? 協力者? 仲間が居るのか?
俺は茫然とその後ろ姿の方角を見た。
蹄の音が完全に消えた頃、夜回りの男衆が回ってきた。
「今、ここを馬が通ったが?」
「馬? ああ、館の者も馬で警邏をしておられる」
男衆らはこともなげに説明した。
館の者? あれは、この宿を統治しておる手の者か!