射干玉 1

文字数 1,039文字

其方(そち)……大丈夫か?」
 (らん)が心配そうに俺を見上げている。
 心配もごもっともだと思うが、一気に感情を放出してしまったようで、どうにも腑抜けた様になっているのは自分でもどうしたものかと思う。

 あの後、証拠として数振りの長物を抱えて麓の村まで戻り、野盗の件はどうにかなったことを告げた。礼として年越しの祝いの品をあれこれ持たされて、取るものとりあえず城下を離脱した身としては、良い土産が出来たような有難い顛末になったのではあるが……。

 荷物が増えた。流石にこんなに要らぬ。(かち)の旅であるのにこれは疲れるばかりである。次の宿で路銀に替えるか。

鷹鸇(ようせん)とやらが終いに呟いた『イリエ』とは、なんであろうな」
「……さてな。人の名やら、場所の名やら……」
「太刀から零れ落ちた玻璃の小瓶もなんであろうか」
「……そうだな。後で(きょう)殿に見ていただこう」
「今回は、(にお)に随分と土産が出来たなぁ」
「……まあな。よかったな」
「おい! 白雀!」
「……なんだ」
 急に声が低くなった鸞に振り向くと、男の子に成長した鸞が腰に手を当てて頬をふくらましていた。
「まだ気にしておるのか?」
「……」

 気にするも何も、これまで認識違いであったことを己の中で総書き換えせねばならぬのだ。今思えば、鷹鸇の不可解な行動の数々も、段々と瞳の光を失っていった訳も合点がいって、その時々の自分の行動を思い出すに、時折大声を出して頭を覆いたくなるような後悔と遣る瀬無さが突き上げる。鸞に言うと「詮の無いこと」とバッサリやられるから愚痴を垂れるわけにもゆかぬ。

「主は……喰うだけだからな」
「なんだ? そのいい草は」
(しがらみ)が無くて良いな」
「なんと不躾な! まるで()が何も考えていないような言い様だな」
「違うのか?」
「……吾だって思惑はあるわ」
 憤懣やるかたなしといった風情の鸞に、真顔で返す。
「言えないヤツ……だったか?」 
 鸞は益々プスンとむくれた。

「しばらくその成りを貫くのか?」
 俺は再び歩き出した。村のモノから聞いた話では、この先に少し開けた原があるらしい。そこで一休みしようと思った。    
「思えば童子の成りでいるより荷の負担が少ないからな」
 ()の子のように優しい顔で鸞はニコリと笑った。童子に荷の一部を負わせるのと、敵娼(あいかた)風情の華奢な()の子を連れて歩くのと、どっちがよいのやら。思わず付いた溜息をまた鸞に指摘された。
「其方はいかなれば満足なのだ?」
「もう。自分でもわからぬ。ほっといてくれ!」
 俺は自分のこめかみを指で揉みながら言い捨てた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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