磯の鮑 8

文字数 1,215文字

 黙って動かずにいればバレない……というのは最初から、らしい。
 少なくとも、動いてもバレないくらいまで精進せよ、と、女子の格好のまま日々過ごす羽目になっている。時折、厨番(くりやばん)厩方(うまやかた)などがやってきて、「ここがこうだと女子(おなご)っぽいぞ」などと助言して去っていく。
 俺の居ぬ間に何度か烏衣が屋敷に押しかけて来ていたらしい。どうにも尋常でない様子であったらしく、皆、雎鳩の恋路(?)を応援しているらしい。
 あの、俺は? 俺の思惑は?
 俺はいつから雎鳩と良い仲になっておったのだ?

「俺は、逆玉の輿は有りだと思っている。お主が主人となることに、異論はない」
 厨番は真剣な顔で、俺のことをチラチラ見ながら言った。
「式部はアカン。烏衣様は、もっとイカン。あっちが諦めるまで頑張れよ!」
 どうにも理不尽だ。
 なんで俺はかようなことになっているのだ。意味が解らぬ。

 夜になってようやく理不尽から解放される。俺は縁台で胡坐をかいて月を見上げていた。鳰は……今どのような様であろうか。
「あれ、こんなとこで。夜更かしはお肌に悪いわよ」
 雎鳩が隣に座った。胡坐の膝を(つつ)かれる。
「ちゃんと座りなさいよ」
「胡坐くらい雎鳩だってかくだろうが」
「……この、減らず口!」
 雎鳩は口を尖らせると、共に月を見上げた。凛とした(かお)が月影に照らされ、不貞腐れていても美しいな、と感じる。いかに蓮っ葉に振舞おうとも、生まれ持った品というモノは隠れない。
「その……烏衣から俺を隠すのなら、ただ(かくま)っておればよいだろうに、何故『気づかれずに外に出す』方法を試行錯誤するのだ?」
 雎鳩の作戦には乗っかったものの、その真意は計りかねる。
 雎鳩は俺を流し見た。
「どうにもね、烏衣の様子がオカシイのよ。多分、蓮角絡みだと思うのだけど」
「オカシイ……とは?」
交喙(いすか)の時と同じよ。アレは、きっと、憑りつかれている」
 遠仁に、か……。そうであるのなら、出張らねばならぬな。それが、鳰の肉を持っているのかどうかは、鸞がおらぬから解らぬが……。
 あれ? ……蓮角絡み? 新嘗祭……『落蹲』………あああ! 何かが繋がりそうで、繋がらぬ! もどかしい! 

「時に、……湖沼の別荘地に居った『都』という媼は存じておろうな?」
「おやおや。ついに、そこまで嗅ぎつけたのね」
 雎鳩は一旦俯いてから、俺に顔を向けた。
 一瞬、ほんの一瞬、俺の左腕が炙られた。
「しょ……きゅう?」
 戸惑う俺に、雎鳩は花のような笑顔を向けた。
「入江は、私の習い事の姐さんだったの。裕福な商家の末娘らしい、それは穏やかで、優しいお人だったわ。文字通りの箱入りで、浮世の穢れを知らない、無垢な御方。その御母上が、不遇であられるというので私が父上に進言して援助をしていたの。それだけの話」
「その入江は、なんで……亡うなったのだ?」
 一呼吸おいて、雎鳩の額にきゅうと力が入った。
「知らぬ」
 苦し気に歪めた顔が陰り、ふいと俺の視線から逸れた。

、知らぬ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み