ましらの神 11

文字数 1,131文字

 白銀の毛玉が跳ねた。
 (だつ)が吠えて雪の上に跳び下りた。
 猿たちが慌てて屋根の上に駆け上がる。
 目にも止まらぬ速さで、黒い塊と白い塊が交叉した。

「すごい迫力だのう……」
 渡りの下で、鸞が感嘆の声を上げた。
 俺は渡りから下りて鸞の隣に立った。
 ……胸の内がモヤモヤとしていた。
 
 そもそものこの諍いの大本は……。
 
 ふいに足元の雪が弾けて白銀の毛玉が跳ね返った。
 風刃が風を巻き、庭の立ち木が爆ぜる。
 風切り音が迫り、俺はふいと身を避けた。
 渡りの羽目板が音を立てて吹き飛ぶ。

―― 私は、子女の腹の中にいる俺の子を守り通すぞ

 渥の主の言葉がギュッと胸を掴んだ。
 雪の上に、どちらのともわからぬ血が点々と飛んだ。
 ああああ、黙って見ておられぬ!

「ええい! 相互いに待ちあれ!」
 俺は、交叉の渦中に割って入った。
 神猿の爪が俺の肩を掴み、獺の顎が左腕を噛む。
 あ、今度は普通に痛いかも。
「ここで争うても何の解決にもならぬ」
 雪の上に、俺の血がボタボタと垂れた。
「主は誰の味方なのだ!」
 突っ込みを入れたのは鸞だ。
 どっちの誰のと言うよりも、俺は諍いが嫌いだ。

 さしもの双方も、一旦矛を収めて呉れた。
 それを見極めてから俺は諭し始めた。
(あく)の主が此処に通う経緯になったのは、神猿(まさる)殿が先の諍いで渥の主の御細君を屠ったからよ。その先の諍いの元が、獺の眷属が

の子を喰ろうたから。契約違反の山の者に獺の眷属が手を出したのは、ソコのニンゲンが禁足地で乱獲をして獺の眷属の供物を荒らしたからであるよ。 そもそもの原因はそこに伸びておるヤツよ」
 俺は先程絞めた御館様を指した。
「たかがニンゲンの狼藉で、片や神、片や名のある(あやかし)が禍根を残すほど諍い合うのはつまらぬであろう。ここは、そこな男に償うてもらい、互いの矛を納めてはいかがか」

 睨み合っていた双方が、俺をマジと見た。
「其の方は誰ぞ?」
 渥の主が訝し気に問うた。
「私を前にその振る舞いとは、突き抜けた(うつ)けモノであるのかと思うたが、其の方は……たかがニンゲン風情ではあるまい」
「あ、いや、俺は……」
 何と言えばいいのだ?
 ニンゲンだけど、丹の所為で遠仁が喰えるし……。
「確かに手応えがあったぞ。何故、生きている?」
 心底不思議で仕方がないという顔で、渥の主は俺を見つめる。
 あ、そっちか?
 えー? アレは加減したのではなかったのか?
 確かに傷が……わからぬのが不思議だが。
 俺は再び自分の首をさすった。
「『丹』を抱えておるのだな」
 神猿が言った。丹? と、渥の主が訝る。
「ああ、まぁ……」
 俺は苦笑いを返した。
 今回のような神と妖の前では使いようの無い力だ。
「今回はその身分に免じて、互いに収めるとしよう」
 身分? 何のことだ? 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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