隣の花色 1

文字数 1,230文字

 いくつかの宿(しゅく)を越えて、施療院の手前二つくらいの宿に辿り着いたころには、もう季節は完全に冬であった。この宿はここから3つの地方へと街道が分散する要にあり、他の宿より人も建物も多く、大変賑わっている。他の宿にはない施設や建物もあった。
その一つが、『謳い』の屋代である。
久生(くう)を下ろすために敷地が広く、柱ばかりが目立つ建物は人が住む館に比べると特異な形をしている。一番の特徴が、正面から見て左右に渡している通し屋根の大棟に直角に付く魚の骨のような鰹木(かつおぎ)である。何の意味があるのかは解らぬ。そして、屋根の左右の端には「()」という飾り木が、さながらピンと立った魚の尾のようについている。

「久生的には、この意匠がグッとくるのか?」
 赤褐色に近い弁柄(べんがら)で染められた屋代を遠目で見ながら(らん)に訊くと、首を傾げた。
「はて……。誰に呼ばるるかの方が吾にとっては重要なので、どこに呼ばるるかは気にしておらぬなぁ」
「ふうん。てことは、特別感を出す為の意匠なのであるな」 
 2人そろって()したる興味もなく屋代の前を通り過ぎた。

 まだ日が高いため宿屋を見繕うより先にどこかで休むかと、茶屋の軒に入り串団子と熱い茶を頼んで落ち着いた。
毛氈敷きの縁台に掛けて通りを眺めていると、商家の娘風情の少女が立ち止まってこちらを見ているのに気付いた。さりげなく鸞を突くと、鸞も気付いていたようで渋い顔をしてこちらを見た。

ん? 鸞は知った顔なのか?
 
こちらが気が付いたことを認めて、娘はつかつかとこちらに寄ってきた。そこそこ値の張る流行りの衣を身に付け化粧を施した顔は、可愛らしい部類に入るだろう。
「今時、

行火(あんか)代わりに連れ歩くとは何処のお大尽かと思えば、なんの。主は野良か」
 鼻で笑うような調子で鸞に話しかけた。鸞は、ムッとした顔で睨み返す。
「今時、屋根付きは深窓の姫かと思うたが、とんだ蓮っ葉も居たものよ」
 
野良? 
屋根付き? 
俺は2人を見比べる。

鸞は、肩を落として溜息を付いた。
「何か用でもあるのか? 見下げるためだけに絡んだのであれば、ここの久生は品性下劣と周囲に撒くぞ」
 
え? 
俺は娘の方を穴の開くほど見つめた。

鸞以外の久生なぞ初めて見た。屋根付きということは屋代の久生なのか。娘は、肩をすくめて下唇を突き出すとキョロリと視線をめぐらせた。
「ここんとこ厄介な案件が立て続けでのう、猫の手も借りたいところなのだが」
「……ならば、口の利き方というものがあるだろう。野良扱いをするような奴に、協力してやるようなお人よしが居るか? 一昨日来やれ」
 鸞は、シッシと手で追い払う素振りをした。娘は眉間にちょっと皺を寄せ、ツンとして踵を返すと人ごみに戻っていった。

「なんだあれは?」
 しょっぱな、俺のことを貶しておったのは気のせいではないよな。
「知らぬわ」
 鸞は、むくれた顔で熱い茶を啜った。 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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