伏魔の巣 9

文字数 618文字

 灰色の狼犬は、グルルと喉で唸ると、シュンと細くなって急速にこちらへ伸びて来る黒い靄を見据えた。
「アレを喰え。多分、(にお)の肉を抱えている奴だ」
「え?」
「おたおたしてるとお前が喰われるぞ」
「えっ? あっ?」
 俺は慌てて左手の平を、今まさに襲い掛からんとしている黒い靄に向けた。  
 丹い閃光が一気に広がり、俺の手に向けてドンという圧力が掛かった。
「っ……ああ!」
 押し返されないように全霊で踏ん張る。
 今回の熱は全身を駆け巡った。
 ヤバい。コイツ、後で

パターンだ。

 俺の耳に(くぐい)殿の哄笑が響いた。
「これは! これは面白い! お前は『遠仁』を喰らうのか! 我が眷族を喰うというのか! これは愉快!」

 周囲を警戒していた波武(はむ)が舌打ちした。
「おい。喰い終わったら、面倒臭せぇことになる前にとっとと

ぞ」
「ずらか……え? どうやって……」

 丹い光が消えた瞬間、何かを掴んだ感触がして俺は懐にそれを突っ込んだ。
 波武が俺の襟首に噛みついて背中に放り上げる。
 周囲が俄かに慌ただしくなり、手に手に得物を(たずさ)えて大勢の家臣が姿を現した。 

「ちゃんと捕まっておけよ」
 波武の声に俺は慌てて背毛(せなげ)を掴んだ。
 腹の底から何かがこみ上げてくる。
 思わず曖気(あいき)が漏れた。

(われ)の背で嘔吐(えず)くのだけは勘弁してくれ」
 
 そういうと、波武は躍り上がるようにして壁を駆け上がり、難なく追手を振り切った。そのまま屋根伝いに駆けていき、あっという間に館は遙後ろとなっていった。 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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