爪紅 3

文字数 821文字

 都は白髪交じりの灰色の髪をキッチリと結い上げた上品な(おうな)だった。名のある商家の大奥方に当たる身分で、城下に子息たちが商う商家があるらしい。

 なら、何故、冬になると雪に閉ざされる奥深いところに住まうのだろうか。

 年嵩の侍女を付き従えて屋代へ向かう姿は落ち着きを払っていて、俄かに「狂女」の印象とは繋がらぬ。(たなごころ)に大事そうに(なつめ)を抱えていた。

 都が参拝を済ませてから、俺と鸞は鶆の(はか)らいで(まみ)えた。
「お初にお目にかかる。白雀と申す」
 都は穏やかな、それでいて何処を見ているのか判らない顔でただただニコニコと笑っていた。時々、手の内の棗に視線を落とし、愛おしそうに撫でている。
「実は、人を探しておりまして……。『イリエ』という言葉に、覚えはござりませぬか」
 都はやはりニコニコと笑って黙っている。機嫌はよさそうに見えるが、今日は言葉が届かぬ日であるのか。お傍付きの侍女が気まずそうに俯いた。

 しばらくニコニコと笑っていた都は、ふと、鸞に目を止めた。
「いくつじゃ?」
 俺と鸞は顔を見合わせた。一体その童子は何歳の設定なのだ? 鸞は逡巡した後、片(てのひら)を開いて応じた。
 それを見た都は、些かがっかりした顔をして溜息を付いた。
「それではもう硬いのぅ」
 何がだ? 
 視線を巡らせて記憶を掘り起こした。
 5歳では、もう「硬い」……?
 あ……。
 俺は鸞の手を見た。
 爪……か?
 背筋がゾワリとなった。
 
 もしかして、その棗の中身は……子どもの爪。

「御城下から来たのか?」
「……は」
 都の目に、ふっと光がよぎったような気がした。
「蓮角殿は息災か」
「え?」
「誂え物が出来ておる」
「……」
「疾く取りに来られよと申し伝えて欲しい」
「は……?」
 光がよぎったのはその一瞬だけで、都の瞳はまたどんよりと濁った。
 ああ、お方様、と侍女が都の腕を取った。
「ここでお休みになられてはいけません。館へ戻りましょう」
 都は侍女に引き立てられるように場を辞した。

 これが、都に会った初日だった。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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