堕ちた片翼  5

文字数 759文字

 折りしも夕闇がせまり、鷹鸇(ようせん)は離れに逗留することになった。いかな

とはいえ、宵闇に放り出すほどクズではない。万が一にも後味の悪い結果に陥れば、こちらが品位を下げる。
 これも、

というやつだ。

 ふん。煩わしいことだ。

白雀(はくじゃく)殿は、アヤツに随分と嫌な目に合わされてきたのでしょうね)
 (くりや)で夕餉の膳を準備しながら、(にお)が言った。
「何故そう思う?」
(メッチャ嫌なヤツだから。きっと、白雀殿にもたくさん意地悪してたのだろうなと)
 俺は飯を盛っていた手を止めた。
 カラクリなれば、……感情が無ければ、如何様(いかよう)()し様にしても良いと思ったのだろうな。仮に、損ないでもしたらどうする気であったのか。

 鳰に何事も無くて良かった。

「付き合わせて済まぬな」
(あっちが勝手に来たのですよ。白雀殿が謝るのは筋違いでございます)
「俺の因縁とすれば、俺の所為だ。……鳰を器物と思うておるアヤツは、謝ることはないだろう」
(白雀殿に謝られたら、……私の怒りの持っていきようがありませぬ)

 ふと、笑みが漏れた。
「鳰は……良い子だな」
 鳰はお玉を手にしたまま。こちらに(おもて)を向けた。
(……褒めても何も出ませぬが?)
 
 コヤツはすぐ茶化す。

「何か欲しくて褒めているわけではない」
(えー……ちょっとお待ちください)
「ん?」
 鳰は右手を菜箸に持ち替えて、鍋の中の芋を突き刺した。
(はい。あーん)
「は?」
 俺は口の前に突き出された芋と、鳰を見比べた。
(私は味見が出来ませぬ)
 
 それはそうだが……。
 
 渋々口を開けると、鳰に芋を放り込まれた。
「うっ、ほわっ! あっつ!」
 慌てて口に手をやる。
 頭の中で鳰の笑い声が弾けた。
 俯いた上目で見ると、菜箸を持った手で口元を隠すような仕草をして肩を振るわせていた。
 
 鳰の声を……早く聞きたいものだな。 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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