銀花 7

文字数 654文字

 俺と鸞は、月に照り映える雪の中にただ立ち尽くしていた。

「主は……時々予想外のことをしでかすのぅ」

「いや、遠仁なれば喰えばよいと思うて……。さすれば今後惑わされることはないだろうと……そう思うただけなのだが」

「遠仁でなければ、どうする気だったのだ?」

「いや、そこは、話せば分かると思うた。こっちに赤子を押し付けてくる程話が出来るヤツなら、なんとかなるかな、と」

「呆れた度胸だな。まさかこちらから話しかけるとは思わなんだ」

「やー……、企鵝の言うように無視するのは気の毒だと思ったのだ。きっと、仔細あって迷うているのだと思ったから……。でも、まさか抱えている赤子があの女子の願望の産物であったことまでは予測がつかなんだ」

「結局、あの女子は誰なのだ?」

「誰なんだろうな。そして、赤子はどうなったのだろう。生きているのか、召されたのか。本当に、あの女子だけ召されそこなったのか……。赤子だけ未だどこかに迷うているのか……。こうなったのはいかな経緯なのか……。解らぬことだらけだ」

 手元の(かんざし)に視線を落とす。
 繊細な意匠で、並みならぬ品であると見た。
「ほう……。桜貝だな」
 俺の手元を見て、鸞が呟いた。
「桜貝? ああ、この薄紅の花びら全てが貝なのか?」
 透けるように薄く淡い桜貝で華やかな八重桜が(かたど)られている。ここまで手の込んだ品ならば、ここから身元を辿ることも出来るかもしれぬ。
 俺は内に着こんでいた綿入れにそっと包むようにして簪を納めた

「さて、明けまでにはまだ早い。もう一寝するか……」
 俺は鸞を促して雪洞へ戻った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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