掌(たなごころ)の月 7

文字数 1,008文字

 (きょう)曰く、移植を終えた(にお)は、ビスクの外装を外して培養液に浸かっている状態にあるのだそうだ。異形の様はあまりに恥ずかしく他人(ひと)様に見せられた状態ではない、との鳰の言から、俺らはただウロウロと鳰の身体が整うのを待つだけの身であった。

 今日も今日とて菜園で豌豆の種を黙々と植え付けていると、手伝っていた(らん)が不満げに言った。
「のう? 先日からお前は何をムスくれておるのだ?」
 俺はチラと鸞を見た。
 畝をつぶさぬように気を付けながら、波武もソワソワと俺の周りを徘徊する。
 ああ、イライラする。

「……信用ならんのだ」
「何がか? 不満があるなら言うてみよ!」
 俺は短く嘆息すると、しゃがみこんだまま鸞の顔を覗き込んだ。
「お主ら……波武も含めて黙していることが多すぎるのだ。波武がどこから鳰を拾ってきたのか、なんで鳰を見張っているのかもわからぬし、久生のお主まで鳰に興味を持つ理由が解らぬ。阿比から仔細は聞いたはずだが『夜光杯の儀』は、遠仁だけでなく、お主ら神にとっても特別な意味を持つ儀式なのか?」
 鸞は目を見開いてしばしば(まばた)きをした。
 そのすぐ後ろで波武も首を傾げている。
「主……いきなりど真ん中にブッ込んでくるのぅ」
「……解っておるわ。言えぬのであろう? だから、信用できぬのだ」
 俺の言い分を聞いて、すねたように渋面を作った鸞は手の内の豌豆の種をコロコロと弄んだ。
「むう……。まぁ、主の言うことも最もだな。それについては反論も出来ぬわ。ただな、これだけは約束しよう」
 そう言うと鸞は顔を上げて俺を見た。
「何があろうと、お主の思いが遂げられるように(すけ)てやるわ。今は、これしか言えぬ」
「俺の……思い?」
「鳰を、(まった)き姿にしてやりたいのであろう?」
「其れだけじゃダメだ」
「ん?」
「俺の思いは、鳰の姿を全き物にして

、ことだ。贄の役から解き放ってやり、ヒトとして生きることが出来るようにしてやることなのだ」
 鸞は真顔になって黙した。やはり、『夜光杯の儀』に何かあるのだ。 
「まぁ、お前の言い分は承知しておる。お前の目の黒いうちは鳰に悪いことはさせぬ」
 鸞と俺の顔の間に、波武が狼の面をねじ込んできた。

「おおい! お主ら、畑の隅に蹲り引っ付きあって何をやっておるのだ!」
 梟の声がした。
 慌てて振り向くと、此処まで走ってきたのだろう、髪を乱した梟が手を振っている。 

「鳰の手が付いたぞ!」

 俺らは目を見開いて顔を見合わせた。
  
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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