釣瓶 5

文字数 788文字

 日が暮れた途端に吹雪いてきた。
 雪催いであると思ったら、やっぱり……。

「こちらでよかったであろう? 庵ではもっと凍えた」
 雀鷂(つみ)は粥を勧めながらニコニコと笑った。
「であったな! 誠に助かったぞ!」
 鸞は遠慮なく粥を掻き込む。
 時々、戸板を風が揺する。
「兄さんは、酒は上がらないかい」
「あ、……え?」
 俺のことを言っているのか?
 俺は、狼狽えながら、手を振って断った。
「いや、酒は嗜まぬ」
「あれ……、もっと身体が暖まるのにねぇ」
 雀鷂は残念そうに身を捻って言った。
 は? 女子の独り暮らしであろうに、何故酒などあるのだ?
 ああ、否、女子でも酒が好きな者も……おるよな。
 変に勘繰るところであった。
 俺は独りで胸を撫でおろした。
 ふと見ると、鸞が呆れ顔で俺を見上げていた。
 なんだ? また俺、何かやらかしておるのか?

 雀鷂が水屋で椀などを洗っている間、鸞が俺に向かってぼやいた。
「主、相変わらずだのぅ」
「は? 何がだ?」
「秋波を送られておるのよ」
「俺にか?」
 目をパチクリさせて鸞を見、雀鷂の背中を見た。
「……解り(にく)いわ」
「主が鈍いのだ」
「年増は好みでは無い」
「そういう話では無い」
 鸞は雀鷂の背中を窺い見て言った。
「吾が寝たと見るや、きっと尻尾を出すからな。化けの皮を剥げよ」
「俺がか?」
「主以外の誰がするのだ? 精々(つと)めたまえよ」
「はぁ?」
 何一つ合点がいかぬまま、鸞はいきなり俺の膝に頭を置いて寝たふりを始めた。

「あれまぁ、……弟御はお疲れだったか」
 顔を上げると雀鷂が手ぬぐいで手を拭きつつ、こちらへ戻って来るところだった。顔は柔和を保っているが、そのギラギラとした目はアレだ、秋波などではなく

を見つけた

のソレだ。
 いくら何でも尻尾を出すのが、早すぎであろう。
「待ちあれ。弟御の床を用意してやろう」
 雀鷂はそういうと、板張りの隅に重ねてある茣蓙(ござ)を広げ始めた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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