乙女心と面目 6

文字数 1,146文字

 擬戦の観覧会の当日。俺は四つ目を描いた「安摩(あま)」の面をつけて、晒の白衣に身を包み、交喙(いすか)と並んで桟敷に座る雎鳩(しょきゅう)の後ろに控えていた。どうやら、桟敷の内を雎鳩と2人きりで過ごしたかったらしい交喙に、ひどく冷淡な目で睨まれたがどうしようもない。 
 まぁ、俺のことはモノだと思って無視することだな。

 擬戦は、城下外れの草原で数百人の槍組が赤軍青軍に分かれて行われる段取であった。使う武器は殺傷能力の無いもので、互いの戦略を競い合うことと、実戦での動きを体験するために行われる鍛練のようなものだ。
 俺に言わせれば「茶番」だ。
 まぁ、右も左も解らぬ状態でいきなり死の門出に放り出されるよりはマシだとは思っている。

 しかし、まさかこんなところで役人の息子が高みの見物をしていたとは知らなかった。雎鳩たちのいる桟敷は、草原を見下ろせる小高い丘に用意されていた。まぁ、ここで隊の動きを見ることで学べることも有るのだろうが……。

 交喙は高位の役人の子息とはいえ、妙に小胆な人物、という記憶であった。勉学に裏付けられた知識で、ゆくゆくは父君の後を継ぐべき存在であるはずなのだが、いささか小柄で見劣りのする体格である所為か、いつもどこか自信なくオドオドしており、変にこちらが気を遣うようなところがあった。
 ところが、今目の前にいる交喙の様子はどうだ。雎鳩に大胆に言いより、不遜な態度を隠さない。虚勢というよりは、変な自信を持っているように見える。
 その裏付けは一体なんだ?
 雎鳩の言うように、遠仁の所為なのか?

「ほら、今そこにみえる赤軍の動きを御覧なさい。アレはよく考えたものだ。青軍を圧倒している」
 雎鳩の肩に触れそうな位置で、何やら盛んに実況中継しているが、どうにも雎鳩は気が無さげだ。見ればわかることをことさら言い立てて、満足する態度は俺も好かない。
「前に出すぎであるよ。そのうち青軍に脇から刺される」
 雎鳩は気が乗らないながらも、最低限の相手をしていた。雎鳩の返事に滑稽なほど表情を明るくした交喙は、矢鱈と頷き返している。
 これが見合いの席というのだから呆れる。
 俺は段々しらけてきた。
 桟敷から離れて控えている他の侍女たちも、欠伸が隠せないという様子だ。

 その時、眼下の草原の方から時ならぬ叫び声が聞こえてきた。戦の(とき)の声ではない。悲鳴だ。見ると、赤軍の一頭の駒が兵たちを蹴散らしながら大暴れしている。
 今回の擬戦では騎馬隊は使わなかったはずだ。輸送に連れてきたものが何かの切っ掛けで御しきれなくなったのか? そのうち、他の駒たちも猛りが移ったように暴れ出し、平原を無尽に走り出した。ふみつぶされまいと雑兵どもが散り散りとなり、眼下は擬戦どころではなくなった。
 なんと情けない……。俺は面の下で眉根を寄せた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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