釣瓶 2

文字数 939文字

 俺と鸞は企鵝に礼を言うと、宿を後にして次の土地へと旅立った。
 城下へは、春になって人の往来が盛んになった頃潜り込むことにして、それまでは

指示でうろつくことになった。

 ひょこひょこと跳ねながら俺の前を行く鸞の背中を見て、溜息をつく。
「本当にこの道であっているのだろうな?」
「お? 疑うのか?」
 鸞は不満げな顔をして振り向いた。

 鸞は、影向(ようごう)より「秘密の宝具――鳰の肉を抱えた遠仁を喰った時の記憶を持つ甲羅の欠片」を戴いたのだそうな。
 影向の正体が小島程の大亀であることには驚かされたが、亀というモノは脱皮するというのも初耳であった。
 同じ贄を抱えている遠仁同士はお互いがわかるのだそうだ。

「影向殿曰く、この甲羅の欠片を以てすれば、同じ贄を抱えた仲間がどこに居るのかわかる、と! して、現にこっちだと言うておる! ま、いざとなったら吾の鼻とそちの左腕もあるしな!」
 まぁ、闇雲に動き回って探すよりは、「ここら辺」という見当がつくだけでも有難い。
「こちらの道では、次の宿まで遠いのだが……」
「大丈夫! 企鵝より聞いておる! 途中に雨風しのぐための庵があるそうだ!」
「それでは、その庵を見つけたら進まずに一旦休めということだな」
 湖畔周辺よりはマシだが、こちらの道も左右に雪が残っている。宿を離れるにつけ雪かきが行き届いておらず、どんどん道が狭まっている気がする。それだけ人通りも少ないということだ。まぁ確かに、宿を出てから3組ほどの人々とすれ違ったきりである。

「なぁ、入江殿の肉はどうなったのであろうな」
「さあの! 多分、いずれかの尸忌に召されたのであろう!」
「では、遠仁であったのに何故臭わない?」
「それは吾にもわからぬ!」
「……そう言えば、太刀の時にも臭ったか?」
「お?」
 急に鸞が立ち止まった。ぶつかりそうになって慌てて多々良を踏む。
「そう言えば、太刀の時にも臭わなかったな」
 鸞は腕を組んで首を傾げた。
「器物に憑いたら臭わないのか? 吾の鼻は案外当てにならぬかもしれんな」
「一方で俺の左腕も、直接喰えないモノは認識しない。縁結びの時みたいにな」
「ほう……」
 鸞は懐から、掌くらいの大きさの八角形の黒い板のようなものを取り出した。
「やはり、コイツが一番正確ということなのか」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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