隣の花色 4

文字数 1,107文字

 辻斬りがあったというのは、宿の外れの川の傍だった。捕り方の者であろう、紺の揃いの衣装を着た男たちが数人固まっていて、頭上には烏の群れが旋回している。既に来ている尸忌とは、烏のことであったらしい。さても此度の不幸者は何故このうら寂しい処へ来たものかと思ったら、どうやら夜釣りをしていたようだ。

 菰を掛けた屍の前へ鸛鵲(かんじゃく)を含め3人の謳いが琵琶を抱えて座した。それを合図に、捕り方の者たちは、さっとその場を離れ、鸛鵲が見えないところまで下がる。噪天(そうてん)はというと、鸛鵲の左後ろに控えて菰からはみ出た虚空を掴む手をジッと見つめていた。

 嫋 
 
 鸛鵲が琵琶を奏する。
 
 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋

 そして、鸛鵲の喉から、聞き覚えのある謳いが奏でられ始めた。それに続き他2人も謳いを唱え始める。

 菰の上に、何やら温かい光りの塊がゆらりと現れる。鸛鵲の謳いに合わせてゆるりゆるりと左右に揺れる。噪天がそれに両手を差し出した。光の塊を捕らえようというのだ。
 俺の隣で見ていた鸞が、眉間に皺を寄せた。
 ああ、既に、と呟く。
 光の塊は噪天の腕を(かわ)して、ひらりと舞った。
 噪天が焦れた気配をして、ふわりと身を浮かせる。光の塊を体ごと受けようというのか突進していったが、寸前でひらりと躱された。

「アレで、噪天は精一杯

おるのよ。それでも召されぬということは……危ういな」
 鸞がソワソワと足の位置を替えた。
「琵琶は、魂の荒ぶる心を鎮める力と謳いの心を静める力とを持つ。魂に琵琶が効かぬということは、……」

 だんだんと周囲にイライラとした気が満ちた。
 噪天の焦りか、魂の苛立ちか……。

「鸞……これはまずいのではないか?」
 俺は左腕をさすった。ピリピリとした痛みが走っていた。

 その時、鸛鵲の後ろで琵琶を奏していた者の弦が、ビシリと弾けて切れた。
 光の塊の色が一気に冷え、青白くメラメラと炎を上げた。
 噪天の身体をするりと躱して、奏でられなくなった琵琶を抱えて狼狽えている謳いへと一直線に飛んでいく。
 振り向いた噪天の顔が、恐怖に歪む。
 鸞が右手を差し出し、ぱちりと指をならした。
 光の塊の一部が弾けて軌道が逸れた。

「莫迦! 惑うな! 其の方の仕事だろうが!」

 鸞が語気荒く檄を飛ばすと、噪天はハッとして光の塊に素早く手を伸ばした。抱き込むようにして光の塊を抑え込むと、一息に吸い込み始める。
 途中、()せて青い炎を吹き出したが、ようよう無事に飲み込んだ。
「……ぐえ、まず……」
 噪天がゲッソリした顔で胸を撫でおろした。
 
 一陣の風が吹き、屍を覆っていた菰がひらりとめくれた。
 烏に突かれ洞になった眼窩を晒した男の亡骸がチラリと現れ、また菰の下に消えた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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