賜物 1

文字数 955文字

 鸞は矢鱈とお姉様方に受けが良い。それは、一見幼気(いたいけ)な五つ六つばかりの童子の様であるからにのみならず、受ける胆を押さえるだけの知恵を持っているからだ。要は「あざとい」のであるが、ソレをそうとにおわせない。
「まっこと、主は(ずる)いな」
「誰にも迷惑はかけておらぬよ!」
「それはそうだが……」
 俺と鸞は、雎鳩に遣いに出されていた。今、市中で評判の揚菓子を買うて来いというのだ。少なくとも、俺の女装はちょっと見には解らぬほど板についてきた、ということだ。まぁ、この炎天に立衿の上、肌を出せぬのはちとキツイのではあるが、日よけと言えば言い訳がたつ。
 人数分の注文を済ませて店先で待っていた。精鋭の分も、となると一筋縄ではいかない量になるので当分待たされる。
「にしても、雎鳩はまぁ良い娘御らを集めたなぁ!」
「女子の情報網には暗いので解らぬ」
 確かに翡翠の長弓の腕は男顔負けであるし、魚虎の怪力は俺を遥かに(しの)ぐ。水恋の身体のキレは舞姿を見れは歴然であるし、太刀を操る鶹の膂力(りょりょく)には舌を巻く。それに、女子としての神経の細やかさと手先の器用さが加わるのだ。
「あれでは男はいらぬかもな」
「女子の方が楽か?」
 鸞がニヤニヤしながら俺を見上げた。ほんに、コヤツは面白がっておる。俺が髭の手入れを面倒がってとうとう抜き始めたのを見て、腹を抱えて笑うし、これはどうするのだと脛毛を引っ張る始末。(はぎ)まで見せぬだろうよ、と言えば、酢で色が抜けるぞとか言い出す。一体俺をどうしたいのだ。
「女子は女子で大変そうだ」
 烏衣のことを思った。独りで生きるほどの技量も知恵も無い。与えられた場では選択肢も限られる。男に沿うて生きる生き方も、我を通せば儘ならぬ。まぁ、あそこまで拗れると近寄りたくもなくなるが。そも、物事には釣り合いというモノもある。
「いずれ枯れる花であるのならば、与えられた場所で精一杯咲けという言葉もある。ジタバタして一見見苦しゅうても、己が納得できるのであれば、それでよかろう?」
「さてな。……その、納得するのが中々難しいのよ」
 店の奥から、菓子が仕上がったと声が掛かった。五つばかり箱が積み上がっている。
「これ……持って帰れるかの?」
 鸞が、目を瞬いた。俺は天井を見上げた。
「うむ。人選を間違(まちご)うたかもな。これは魚虎(ぎょこ)を連れてくるべきであった」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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