玉の緒 2

文字数 1,225文字

 雑魚を狩るだけなら、俺独りで充分だ。相手が遠仁だと分かればよいだけなのだから。  

 鸞や波武には、鳰には内緒な、と告げて久方ぶりに鷹鸇の屋敷廃墟に潜り込んだ。地下の洞穴内は風が無い分、思ったよりも温かかった。それでも、水場に現れる生き物はいない。何度も通った所為で慣れた通路を辿って、どんどんと奥へと潜っていく。遠仁を減らしきれていないとすれば、あの横穴の多い国主側の洞穴であるから、まずはそこまで到達せねばならぬ。

 しばらく歩いて水場を抜けてから、乾いた岩を見つけて足元を照らしていた灯火を消し、一息ついた。やがて、闇に慣れた目が苔や虫の放つ薄明かりを拾う。どこからか滴り落ちる水音が響く。

 伯労は……人の心を持ちえたまま、かようなところで長い長い年月を過ごしたのか。国主一族の動向を見守っていたと言うから、地上に出ることもあったのであろうが、よくもまぁ……。
 伯労もまた、孤独であったのだな。
 俺は……アレしきのことで本当に酬いてやることができたのだろうか。
 伯労の言うように、鳰を幸せにしてやることが酬いに代わるのであれば、いくらでも骨を折るが……全ては……無理だな。
 伯労だって、それは重々承知であったろうに。
 
 まぁ、今は、成せることを成すだけ。

 俺は腰を上げた。通いなれた道。途中分岐も迷いなく奥へ進んでいける。足元をネズミが走って行った。頭上の気配はコウモリであろうが、(いたずら)に脅さねば動く気配はない。

 そのうち、ツンと据えたような独特の臭いが漂ってきた。
 ……また、集まってきたのか。確かに美味そうな臭いでは無いな。久生のような喰い方をするわけでは無いから、俺には味が判らないのが幸いだ。

「おや?」

 つい、声が漏れた。まだ、こんな奴がいたのかと思うほど、大きな塊の気配がする。この先には、天井の一部から僅かに地上の光が入る(ひら)けた空間がある。
 どこからか、入ってきたのか……。
 闇の中、目を瞬いて、些かの光も漏らすまいと目を凝らす。懐の(うかり)にそっと手を掛ける。
 また、足元を走っていくネズミの気配がする。
 続いて何か獣が走ってきた。
 俺の気配に気づいてかかなり手前で足を止め、引き返していく。
 まぁ、あんなデカいヤツが上に来たら否でも目立つ。山奥の施療院ならいざ知らず、城下では別の意味で騒ぎになろう。
 大きさから、狸か穴熊あたりかと見当をつけて静かに追いかけた。

 開けた空間まで踏み込むと、天井から差し込む外の光で獣の姿があらわになった。先程は闇の中であったので四つ足の獣としか判別がつかなんだが……。
「猫か……?」
 ずんぐりとした身体は猟犬ほどの大きさがある。丸い頭を低くして、太くて長い尻尾をイライラと左右に揺らしているので猫っぽく見えたが、猫では無いのかもしれない。まぁ、遠仁憑きなのは確かであるから、鳰の前に現れる前に喰ってやろう。相手はこちらの意図を察したのか、威嚇の態度を露わにした。
 悪く思うなよ。
 俺は、鴻の鯉口を切った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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