磯の鮑 6

文字数 988文字

 雎鳩の精鋭は、屋敷の外に雎鳩が呼ばれる際には必ず追従しているようであった。周囲からどのように思われているのかは解らぬが、俺が初見で気後れした程だ。よい人払いになっておるに違いなかった。

「丘惚れの横やりとは気の毒な。苦労を知らぬ

は始末に負えぬなぁ」
 夫のいる魚虎(ぎょこ)は、俺に同情的だった。どうやら、「烏衣が俺と雎鳩の仲を羨み、俺をモノのように奪わんとしたため、俺はこれまで姿を隠すはめになっていた」らしい。そうなのか。俺は蓮角から身を隠していたはずなのにな。烏衣は、どこから出てきたんだ?
「まぁ、うちの人の方がいい男だけど、これだけ化粧映えするのだもの。雎鳩様が惚れこむだけのことはあるわ」
「馴れ初めが新嘗祭とは、ほんに洒落ておるのう」
 水恋(すいれん)がニヤニヤしながら俺を肘で突いた。
 新嘗祭? 初耳だが? でも、まあ話を合わせねばなるまい。
「……おう。雎鳩はそんなことを言うておったのか」
「あらあら、(じゅん)ちゃん! そんな武人みたいな言葉を使ったら駄目よ! すぐバレちゃうわ」
 翡翠(ひすい)が頬をふくらませた。
 鶉……ちゃん? だと?
「堅物、朴念仁って言うのは重々聞いてる。無垢で真面目な男というのは魅力的だなぁ」
 (りゅう)はふむふむと頷いた。モノは言いようだな。日頃、鸞にはクソミソに言われておるが、真面目は悪いことではないはずだ。
 女言葉に慣れるために、しばし歓談しておけと雎鳩に言われて女子に囲まれている。始めこそおっかなびっくりであったが、腹を割ってみれば道は違えど同じく武道を嗜んできた者同士、気負わず話せることに気付いた。
「ああ見えて、雎鳩様は馬術に長けておられるのよ。馬上からの短弓の腕など溜息モノの見事な技よ」
 翡翠は溜息を付きながらウットリした目を虚空に向けた。恋慕う殿方の話をするがごとき様である。雎鳩自ら嗜みがあると言うておったが、そう言うことか。まぁ、胆も相当すわっておるがな。
「ねぇ! 鶉ちゃんは?」
「は? 俺か?」
「『俺』じゃないの! わ・た・し! 妾でもよいのよ?」
 うへぇ……それはちょっと……。
「……

は、隊の先鋒におったのよ」
 なんだこれは……虫唾が走る。
「まぁ! 本職でいらしたのねぇ」
「その流れで、新嘗祭の武楽舞を! なるほどねぇ」
 水恋(すいれん)が目を輝かせた。この中でも一等の若輩とみえる彼女が一番くだけた物言いをする。
「ねぇ、鶉ちゃんは、『納曽利(なそり)』を舞える?」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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