餓鬼の飯 4

文字数 901文字

 その日の午後、ようやく姿を現した鸞は、微妙な顔を俺に向けた。
「お帰り。どうした?」
「主もどうした? やけにくさくさした顔をしておる!」
 俺の片眉がピクと動いた。
 言えるか! 握り飯が上手く作れなんだから落ち込んでいるなど。
「なんだ? 鳰は、……上手く行っておらんのか?」
 これ以上追及されてはかなわぬと言葉を重ねると、鸞はフルフルと首を振った。
「いや、その……」
 鸞は俯いて両手で顔を覆った。俺は黙って次の言葉を待つ。
「…………やっぱ、お楽しみってことで良いか?」
「はぁ?」
「まぁ、順調であるということは、保障する!」
 なんだ? その奥歯に物がはさまったような言いぐさは。
「はぁ……。ヤバいわ、アレは。鳰が喋れたら大変なことになっておる」
「だーかーらー! こっちがモヤモヤするから、漏らすくらいならキッパリ話せ! そうでなければ黙っておれ!」
 鸞は上目でこちらを見た。目は我慢しようと堪えているが、口は喋りたくてたまらないのを無理して引きむすばっている。
 何を言いたいのかが、何となくだが分かった。
 俺自身、それを突いてよいモノかどうか迷う。
「あー、うー、待て。……ちと待てよ。……お楽しみにしておいて、明らかになった時に動転のあまり粗相するのもどうかと思う。それで無しにも俺自身、そういう気が回る方では無いと自覚しておるしな。恥ずかしい様を目撃するのが鸞だけなのであれば、いずれ闇に葬られる事実であるし……」 
 のう? と鸞に目配せする。鸞の目がキラッと光った。
「まぁ、そう言うのであれば、……なぁ? その代わり、主の不機嫌の原因も答えるのだぞ?」
「え?」
 俺が一瞬面食らい、弁解の言葉を探している間に鸞がツルリと喋った。
「鳰は、女子だ」
「へ?」
 辺りが急に静まり返った気がした。
「………白雀? どうした?」
「………」
 どうしよう……。
 まるきり、無、である。
 言葉が上滑りして、ちっとも頭に入らぬ。
 他所の国の天気の話をされているかのようだ。
「で? お主の不機嫌の原因は何だ?」
「あ、ああ……。……握り飯を作るのがヘタクソな己に嫌気がさした」 
「何だそれは?」
 なんぞ下らぬ! と鸞は(ふく)れた。  
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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