掌(たなごころ)の月 1

文字数 906文字

 視界の端に、桃色の衣の裾が映った。俺が顔を上げると、雎鳩(しょきゅう)が立っていた。落ち着いた面持ちに、胆のすわった武家の子女の強さを思って感嘆した。
「希望のものは……手に入ったか?」
 雎鳩の言葉に、俺は思い出したように懐に手を入れ、先程掴んだモノを取り出した。透明な膜に包まれたソレはいくつかの肉が連なったものだった。
「どうやら……『()』のような……」
 覗き込んだ鸞が首を傾げた。
 内臓は、初めてだ。
 それにしても、やはり小さい。
 どれがどこの腑であるのか……。
 
 じっと眺めているところに、阿比(あび)の声がした。
「どうだ? 落ち着いたのか」
「おう。阿比殿か」
 俺のそばに寄ってきた阿比は、座敷の中央で赤い花を広げている交喙(いすか)の屍を一瞥すると、雎鳩を見て困惑の表情を浮かべる。
「どちらの娘子か?」
兵部大丞(ひょうぶたいじょう)の娘で、雎鳩と申す」 
「ほう……」 
 阿比は僅かに目を見張った。
「俺をかどわかした者だ」
「人聞きの悪い。協力する代わりに助けてもらっただけなのに」
 俺の言に、雎鳩は不満そうに口を尖らせた。

「ところで、矢羽根の紋に見覚えは無いか? 鍵や窓格子にその紋があしらってある」
 阿比が俺に問うた。
 それは……、俺は眉を顰めた。
鷹鸇(ようせん)の……紋だ。でも、確か貴奴は家人を手にかけて追われている身。多分、家も取りつぶしになっているはずだが……?」
「ふむ。この屋敷はソイツの持ち物らしい」
 では、ここは交喙の屋敷ではなかったということか。

 阿比はそのまま話し続ける。
「地下に通路があってだな、そこの奥の牢屋に一時私は放り込まれていたのだが、そこから更に地下へ行く通路があって、多分、遠仁らはそこから地上に行き来している。もしかすると、夜光杯へ辿り着く手掛かりがあるかも知れぬ」
「ふむ。では、此処が臭いのは、その、

が出入りしているせいなのだな」
 鸞が腕を組んで頷いた。

 鷹鸇の屋敷の地下にそのような場所があったなんて……。
 では、鳰は、鷹鸇と繋がりのある者なのか? 
 俺は視線を巡らせながらしばし考えた。
「ああ、あと、腕二本を戻したぞ」
 阿比が思い出したように言った。
「それでは……」
 俺は顔を上げた。鳰の両上肢を取り戻せたということだ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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