業鏡 10

文字数 1,064文字

 (しぎ)が気を失っている間に、(きょう)によって施術は済み、鴫は光を取り戻した。数日後には、すっかり元気になって、計里(けり)と共に城下へ帰っていった。

 施療院には元の静寂が戻った。

 さて、この硝子の(かめ)に入れられた(にお)の左目を、どうしたものか。
 診療室の明るみで梟、鳰と共に思案する。

「今は……右目だけついている状態であるのか……」

 俺は甕を持ち上げて、キラキラした鳶色の瞳をもつ眼球を見つめた。
 これが、鳰の目なのだな。
 青みさえ感じる程澄んだ白目の部分が美しい。

白雀(はくじゃく)殿、かように私の肉片を熱心にご覧にならないでください)
「そうか?」
 なぜだかプリプリ怒っているらしい鳰に目配せした。
「なかなか無い機会だぞ」
(この先、目玉以外でもかようになさるおつもりですか? そう考えるとモヤモヤが止まりませぬ)

 あ、あー。そういう……。

「場所にもよるな……」
(プライバシーの侵害です!)
「どうあっても俺が鳰の肉体を回収する以上、俺が先に鳰の肉片を拝むことになる」
(変態だー!)
「そうは言っても、もうやめられぬぞ」
(ぷっすー!)
「なんだ? 今のは」
(もー! 怒ってるんです! 私は不満でふくらませる頬がありませぬから!)
「ふくれっ面がしたかったのか? 思ったよりガキなんだな」

 梟は先程から顔を覆って下を向いたまま、肩を揺らして笑いをこらえている。
「いや、まぁ……うん。ともかくも、左の目は早々に移植しよう。次から手に入ったモノは場所や繋がりによってすぐ移植するか、ある程度回収して塊として移植するか判断するとしよう」

 寒天のような透明な膜に覆われている間は、隣接する組織との繋ぎは容易なのだ、と梟は言った。まるで磁石が吸い付くように、植物が絡まり合うように一つになるのだという。誠に不思議なものだ。

 ところで、次の遠仁だが……。

「鴫様は高貴筋の、それもご高齢の婦人。となると、城下からさほど離れるとも思えぬ。『夜光杯の儀』を図ったのは、少なくともこの国に居る誰か、それも城下近くの者ということになるな」
(私には前後の記憶がまったくござりませぬ。誰が私を贄にしたものやら覚えておればよかったのですが……。白雀殿の助けにならず、誠に申し訳ない)
「いや……気に病むな」
 
 己が生きながら腑分けされる記憶なんて、無いに越したことは無いだろう。
 
 焦っても仕方がない。
 俺も以前のように立ち働けるかといえば未だ心もとない状態だ。
 場所がある程度絞れそうだ、というだけでも朗報と見るべきか。
 にしても、かような遠仁まで探り当てるとは……。
 俺の左腕はまるで『業鏡』だな。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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