伏魔の巣 1

文字数 885文字

 遠仁(おに)憑きの長物が言っていたことが心に掛かっていた。
 死んだ子どもの爪を所望する狂女の話だ。ソイツが、(にお)の肉を抱えているのかどうか、逢ってみなければ分からない。

 これまで幾度かの遠仁との遭遇で、いくつかパターンが知れた。喰う喰わざる関係なく、

ことは解る。遠仁を喰うとき、腕に熱を帯びるのは同じだ。遠仁が何者かに憑いている場合、それごと喰うと空になった何者かを吐き出すようになっているらしい。鳰の肉は、遠仁を喰った後に、そこに残る。
 問題は、肉の大きさ……。

 今、目の前でパタパタと立ち働いている鳰を見た。
 先日は眼球であったから手の内に収まる大きさで済んでいたが、これが大きな部位となると想像するだに恐ろしい。脚だったりすると俺はかなりの大きさの肉の塊を担いで帰ってくることになる。
 なかなかに見られた(さま)ではない。
 アタマおかしーレベルだ。 
 これがまぁ、尻だったりすると目も当てられない。
 鳰の言葉を借りるのであれば、確かに「変態」だ。
 そもそも、鳰は()の子であるのか()の子であるのかそれすらも判らない。
 失念した。肉を集めると決めた折、そこまで思い至らなかった。

 鳰がこちらに面を向けた。
白雀(はくじゃく)殿! また何か考えごとをしてらっしゃいますね? どーして、主は、頭が働くときは体が動かぬのですか?)
「クルクル動きながら念を撒き散らせる鳰の方が特殊なのだ」
(主が単純すぎるとは思い至りませぬか?)
「俺は単純で結構だ」
(すぐそーやって開き直るー! 可愛げというモノがありませぬな)
「そんなもん、要らぬだろうが。誰にその可愛げとやらを披露するのだ」
(私に披露してくださればよい)
「なっ、ばっっ……莫迦(ばか)を申せ!」

 (きょう)がニヤニヤしながらやってきた。
「鳰には、白雀殿も形無しであるな」
 手に何やら紙の束を携えている。
 俺は下唇を突き出して文句を言ってやった。
「誠にコヤツは『ひとをくったやつ』であるよ。いかに育ててはかような有様(ありさま)になるものか。梟殿の(せき)か?」
「これは失敬! そう来るよのう!」
 ひたと額に手を当てて、梟は破顔一笑した。

 笑い事ではないぞ。
 俺は溜息をついた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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