神楽月 8

文字数 870文字

(かような場で、再び相見(あいまみ)えようとはな)
 霧の中、黒い影が左右にゆらゆらと揺れる。
鷹鸇(ようせん)、貴殿は此処で何をしている?」
(何を……?)
 黒い影は、しばらく黙した。
 何かを思案している風だった。

(……白雀よ。お前がここに居るということは、城下に戻ったのだな)
「……ああ」
 黒い影はゆらゆら揺れる。
(あの伏魔は未だ健在か……)
 誰の、ことだ? 
 俺は眉を顰めた。
 
(お前には()んで欲しかった。
アレを知って欲しくはなかった。
心を……遠仁にして邪険にしたのに、お前は意固地になって留まり続けた……)
 
 俺は、目を見張った。
 鷹鸇……貴殿は、何を言っている?

(俺は遠仁になる。
生きながらに人の心を失ってしまう。
だから……お前を……(まも)りたかった)

「鷹鸇……?」
 俺は、覚えず一歩前に足が出た。

(来るな……。
こちらには来るな。
……お前には、アレに関わって欲しくなかった。
だから、遠ざけたかったのに……。
城下を離れたのを機に、死んだことにして永遠に隠しておきたかったのに……)

 黒い影の端々が崩れ始めた。
 太刀がカランと地に落ちた。

(もう遅い。
全てが遅い……。
俺の罪……俺がしでかした取り返しのつかないこと……。
悔やんでも悔やみきれない……恐ろしき企みに加担したこと……)

 小さくザワザワと音がする。
 この音は何だ?

(さあ、俺を喰えよ。
お前は、俺を喰えるのだろう)

 その言葉を機に、俺の左腕がザワリと熱を上げた。
「鷹鸇……貴殿は……」

(さあ、喰え。
俺が嫌った武家から取ったモノは、この近くの杉の根元に隠してある。
(かりがね)の太刀も置いてある)

 サラリと風が吹き、霧が晴れて黒い影に一瞬、陽が射した。
 黒い影と思ったものは、無数の閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)の塊であった。
 息を呑んだ。
「鷹鸇……貴殿の罪とは……一体」

(盗った……。
俺は、……赤子を盗ったのだ。

知って居ながら、盗ったのだ) 

 体が震えた。
 まさか、……まさかそれは。
 (にお)のことか?
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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