禁色の糸 4

文字数 946文字

 丘から降り、鳥避けの網を張ったり下草を刈ったりと忙しそうな村人の間を抜けて、俺たちは神樹の根元まで近付いてみた。遥かな梢の先を見上げる。
「樹木は、生き物に入るよな!」 
「うむ。こんなにデカいのに……」
 俺の左腕が熱を持っているのはどういうことだ? どう考えても物理的に喰えぬだろう。
「お、主、おったぞ!」
 大木の根元に散らばった種から生えたのであろう、背の低い神樹の葉にくっ付いていた黄色い芋虫を見つけて、鸞が声を上げた。
「まだ日齢が浅いな。何回か皮を脱ぐと、こいつはキレイな翡翠色になる」
 ということは、蛾もいるか。どこかに殻の繭が落ちているはずだが……。足元を探っていると、近くの鼠糯(ねずみもち)の木の下で鸞がピョンピョン跳ねだした。枝端を掴みとると、引き寄せて千切り、こちらに持ってくる。
「白雀、これよ!」
 常緑の葉の裏にべっとりとくっ付いた赤黒い繭をこちらに差し出した。さしもの俺も手を出すのを躊躇う程のどぎつさだ。掌に受けると案外軽い。
「羽化後であるな」
 繭を鸞に返すと、目を細めて再び梢を見上げた。羽化した三月虫が産んだ卵が、ここ数日のうちにかえって芋虫が沢山生まれる。一気に神樹の葉を()み始める。さすれば、この木も渇きを覚えるであろう。早いうちにどうにかしてやらぬと、今年初の犠牲者が出てしまうかもしれぬ。
 ところで、どうやって吸血したのであろうか?
「あ……」
 梢の先にある神樹の真っ赤に染まった枝は、今年芽吹いたモノか? 葉が細い枝の左右に羽状に互生して長く垂れさがっている。
 まさか……あれか? 
「どうだ? なにか良い作は思いついたか?」
 赤い繭をほぐしながら鸞がこちらにチラリと目を向けた。余りに毒々しい赤なので、指に色が付きやしないかと、己の指を見て確かめている。
 気持ちはわかる。きっと俺もそうする。
「そうだな……。今回は、ちいと人手が要りそうだなぁ」
 これまで、事情を知らぬ者の前で遠仁を喰ったことがない。ああ、正確に言えば、鵠殿の前で喰うたか……。慈鳥に、口の堅い者を選んでもらうしかないな。
「そういえば、蓮角だったか? 鵠だったか? すっかりなりを潜めたな! 主を捕えに来る気配が全くないよ!」
「ああ……そうだな」
 まるで、俺がいずれ城下に戻ることが解っているかのようだ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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