磯の鮑 1

文字数 924文字

 翌日、神樹は無事に切り倒された。
 中程の木の股にできた洞に髑髏が一つ収まっていたが、何故そのようなところにあるのかは

解らなかった。
 途中で狂態を晒した慈鳥は、意気消沈して大人しくなっていた。俺の言うこと聞かずにコトを急いた所為で犠牲者を出したことを、無事だった若い男にふれ回られたらしい。
 まぁ、いかな阿比の紹介とは言え、俺が若僧な所為で(あなど)ったのであろう。老練の良くないところが出てしまったようだ。

「鸞、悪いが此度回収した鳰の肉を独りで施療院へ持って行っては呉れぬか?」
「ええ? 主は鳰と逢わずともよいのか? 血管を使うて繋げると定着にかかる時間は腕の比ではないのだろう? しばらく逢えぬようになるぞ」
 村を出、街道に沿って城下へと戻る。日射しは少しづつ高くなり、飛び交う燕が初夏の訪れを告げていた。
「先日、鸞が影向殿の元に出向いた時、たった一日で往復しておったよな。鳰に、早く届けてやりたいのだ。俺が行くとどうしても遅くなる。それに、城下にすんなりと入れるとは思えぬのだ。俺独りの方が小回りが利く」
「なるほど! かようなわけか!」
 鸞は強く頷いた。
「そして、……しばらく、鳰の傍に居てやってくれ。次の施療では大幅に外見が変わるようなので、鳰も不安であろう」
「主、独りで平気か?」
 心配そうに眉を寄せて、鸞は俺の顔を覗き込んだ。
「直ぐには行動を起こさぬよ。鳰の、残りの肉はあとわずかだ。急いては仕損じるというからな。しばらくは雎鳩(しょきゅう)

の元で大人しゅうして居るわ」
「なら……良いのであるがな! 鳰の施術が終わって静養の期間に入ったら合流するとしようぞ!」
「……頼む」
 俺は鸞に笑みを向けて頭を下げた。
「時に!」
 鸞は人差し指をピシリと立てて俺に突き付けた。
「吾の助けが欲しい時は、こう唱えよ! 『掛けまくも(かしこ)久生(くう) (らん) よ! いざ召し(たま)えよ』とな!」
「えっ? ええ? 今、なンと言うた?」
 俺は慌てて腰回りを探り、矢立の類を探した。それを見た鸞が頬をふくらませた。
「覚書などいらぬだろう! 聞いて覚えよ!」
「そんな無体な!」 
 その後、鸞から聞き取った祝詞(のりと)を薄紙に書きつけ、筆の軸に巻き付けて矢立てにしまった。使わぬとは思うがな、備えは大事だ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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