梟の施療院 7

文字数 890文字

(にお)をぉー隠しぃた『(うた)い』を追わばぁー……いずれは鳰に辿りつこぉおと……。ふっははっははは! 我ながらによき企みであったなぁあ!」

 子どもの頭の脇からカリカリと音がして百足の足のようなものが覗いた。

「さぁさ! (わらわ)に召せぇえ! まだ、

おるのであろう? それは、我らぁに与えられた(にえ)であるぞぉお?」

 俺は鳰を背に押し込め、その、得体の知れぬ何者かを睨んだ。

 なんだ? 
 この化生(ばけもの)は一体何なのだ? 
 与えられた贄だと? 
 鳰が? 
 
 戸口に隠れていた子どもの(かしら)の下半分が、ゆるりと姿を現した。それはまさに百足の(あぎと)であった。カサカサ カリカリと 木を引っ搔く音をたてて、ゆるゆると連なった節が現れる。

嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋  

嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋 嫋

 阿比(あび)の琵琶の音は続く。
 波武(はむ)が前足を踏ん張って頭を下げ、子どもの頭の動きに合わせて睨みを利かせる。

 っあ……熱い。
 …… 熱い。

 俺は、肩から吊った布の隙間から自分の左腕を見下ろした。
「っ……!」
 稲妻のような赤い傷跡は更に朱を差したように(あか)くなり、まるで腕の表面に血が流れているかのようにギラギラとぬめっていた。
 ギョッとして思わず左腕に力が入った。
 
 腕が、上がる、だと?
 
 俺は恐る恐る左の手の平を見た。
 手の内に、(あか)い渦があった。
 なんだ? これは。

「さあさあ、(にえ)をぉ! (わらわ)ぁにぃい、贄をぉおお!」
 
 ゆるゆると伸びた化生の胴が覆いかぶさるように傾いた。
 俺の腰のあたりをしっかと掴む鳰の手の震えを感じる。
 俺は咄嗟に左腕で頭をかばった。

「おおおおおおおああああああああ! なんだそれは! なんだそれは! なんだそれはぁああああああああ!」

 俺の左手の平に何かがぶち当たった感触があってよろめいた。
 恐ろしくて目を開けられなかった。
 手の平から熱い何かが入ってくる。
 それはたちまち二の腕まで駆け上り、渦を巻き、
 やがて身体全体を熱くたぎらせた。

「っつ……ああ」

 たまらず膝をついた。
 何が起きている?
 これは何なんだ?
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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